9:『福田村事件』(2023年、現在公開中)
関東大震災後の混乱の中で起こった実際の殺人事件を描いた映画です。フィクションの群像劇で善と悪を安易に線引きしすぎることなく、さまざまな人々の思惑を描いていたからこそ、安易に同調圧力や集団心理に従ってしまう者がいる一方で、「そうならない」者も意思の強さもまた示された内容にもなっていました。
今もなお「隠蔽(いんぺい)体質」が問題となる日本で、この「歴史から隠されていた事件」の映画が作られたことに意義があると心から思えます。劇中で描かれる尋常ではない「無念」と「しかし、それでも」というわずかな希望、はたまた過剰なバッシングが浴びせられ一線を超えてしまう様は、ジャニーズ事務所問題をも強く想起させました。9月1日の公開からミニシアター系の劇場で満席が相次ぐヒットとなっていることにも、日本映画の希望を感じさせます。
10:『月』(2023年10月13日公開)
実際に起こった重度障がい者殺傷事件をモチーフにした辺見庸の小説の映画化作品です。ここまで凄惨な事件が起こる前の「普通の人間」の姿が描かれていると共に「外部にもこの問題はある」ことを突きつけるヘビーで過激な問題作でありつつも、『福田村事件』と並んで「この映画が作られること」の意義を強く感じることができました
殺人鬼が手前勝手な持論を語り、結果的に殺人事件が起きるので、もちろん後味の良いハッピーエンドになるはずがありません。しかし、同時に希望も強く感じることができる、意外なとある出来事と感情に涙を禁じ得ませんでした。これほどにセンシティブでリスクのある題材に、これほどの豪華キャストが集って、渾身の演技をしてくれたことも称賛するしかありません。作り手が「多くの人が目を逸らしてきたこと」に容赦なく、そして真摯(しんし)に向き合ってこそ生まれた傑作です。
後味の悪さが必要な理由
このほかにおすすめしたい後味の悪い日本映画には『人狼 JIN-ROH』『クリーピー 偽りの隣人』『彼女がその名を知らない鳥たち』『由宇子の天秤』『ノイズ』などもあります。そして、やはりこの後味の悪さこそが、問題を考える理由に直結していると思うのです。もしも、作り手が安易な「答え」をポジティブに出してしまったりすると、観客はそれ以上考えてしまうことがなくなってしまうかもしれません。後味の悪さがあってこそ、観客それぞれが「宿題」を持ち帰ることができる、ともいえるでしょう。
前述してきた『凶悪』『福田村事件』など実在の凄惨な事件を扱った作品は特に、後味の悪さこそが、その問題に真摯に向き合った証拠ともいえますし、だからこそ「あなたも危ないかもしれない」と警告してくれます。『月』はその中でも突出して「ここまでの内容をしっかり描いてくれてありがとう」と心から思えましたし、後味が悪いからこその「それでも」残る希望がとても尊いものに思えました。「後味の悪い映画には、それだけの理由がある」ことも踏まえ、ぜひ見てみてほしいです。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の魅力だけでなく、映画興行全体の傾向や宣伝手法の分析など、多角的な視点から映画について考察する。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
<最初から読む