まるで「魔法のような」タイトルの意味は
犯罪への「NO」を突きつける内容ながら、天野監督はシスターフッド(女性たちの連帯を示す言葉)としての物語を重視したとも語っています。
しかも、映画は有村架純が演じる和歌子の「あの旅が私を変えた。人生は自分で作るものだと知って、生きることに夢中になった。めくるめくあの時間が、ずっと続いてほしかった」というモノローグで幕を開けます。そのきらびやかにも思えた時間が、終盤との「落差」をより際立たせる効果を生んでいる、とも言えるでしょう。
「想像」は犯罪の抑止につながるのかもしれない
天野監督は、本作について「もちろん犯罪は許されません。けれど罪を犯した人を『悪』と断じるだけではなく、その背景にはどんな事情があったのだろう?と考えてみることこそが、実は大切ではないかと思います」とも語っています。確かに、その想像こそが、「無意識の決めつけや思い込み」をしないために必要であり、もっと言えば身近な人が犯罪に手を出すことを止めるための、1つの抑止力にもなり得ると思えます。
劇中で有村架純演じる和歌子は、「自身の本当の気持ちを言えないのに流され続けてしまう」からこそ、母親から「何よそのヘッタクソなうそは」「トロいのに妙にちゃっかりして」など勝手に決めつけられており、そのことが彼女を犯罪に走らせてしまった、とも明確に描かれてもいます。
それをもって、現実に犯罪に手を染めてしまう(かもしれない)人に「何ができた(できる)だろうか?」とも想像することこそに、本作の意義があると言えるでしょう。
天野監督の2020年公開作『ミセス・ノイズィ』でも、かつて「騒音おばさん」として揶揄(やゆ)された奈良県での実際の出来事が着想元になっていました。 そちらもまた実際の事件を安易に扱ったりはしていない、「無意識の決めつけや思い込み」についての痛烈かつ真摯(しんし)な批評性のある傑作でした。ぜひ、『マジカル・シークレット・ツアー』と併せて、見てみてほしいです。
この記事の執筆者:
ヒナタカ
映画 ガイド
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
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