ヒナタカの雑食系映画論 第230回

映画『マジカル・シークレット・ツアー』はどこまでが実話? 主婦役に「有村架純以外は考えていなかった」理由

映画『マジカル・シークレット・ツアー』はどこまでが実話なのか、有村架純・黒木華・南沙良の3者がハマり役である理由も含めて解説しましょう。(画像出典:(C)2026「マジカル・シークレット・ツアー」製作委員会)

有村架純演じる2児の母が犯罪者に。「リアルで生々しい」理由も

例えば、有村架純が演じる専業主婦である2児の母・和歌子は、自身の夫が会社の金を横領するばかりか昏睡状態になったために困窮。「誰でもできる簡単なお仕事です」と電話口で言われた通りにシンガポールへ向かうことになります。あまつさえ幼い2人の子どもを連れていることまでも「3人分運べばいい」という理由で「許容」されてしまうのです
有村架純
(C)2026「マジカル・シークレット・ツアー」製作委員会
それらの過程だけを取り出せば、劇中で「子連れで来るなんて、すごい度胸です」と皮肉を言われることも納得の、「悪い冗談」のようです。

しかし、実際の事件でも「普通の主婦やパート」が犯罪に手を出していたのは事実です。それまでの過程は「あっさり」としていたりもするけど、側から見れば「異常極まりない」ものなのかもしれない……などとも想像できるでしょう。

そして、有村架純のキャスティングは、製作陣が「他の方は考えていなかった」と口をそろえていたのだとか。天野監督も「有村さんは、柔らかく見えて揺るぎない芯を持っている印象がありました。和歌子の変化していく過程を説得力をもって見せられると思い、お願いしました」と配役の理由を語っています。
有村架純
(C)2026「マジカル・シークレット・ツアー」製作委員会
後述する「自身の本当の気持ちを言えないのに流され続けてしまう」心理を、有村架純は可憐なルックスと相反するような「目力」と、「ここぞと言う時に爆発する感情」で見せている、これ以上ない熱演かつハマり役だと思えました。

南沙良が体現する「どうにもならなくても意志が強い」妊婦

そんな有村架純演じる2児の母・和歌子について、天野監督は「もしかすると同じ主婦として、どこかで自分を重ねていたのかもしれません」と語っているのですが、さらに南沙良演じる、毒親を持ちキャバクラで働く未婚の妊婦・麻由も、監督自身と共通していたところがあったのでしょう。
南沙良
(C)2026「マジカル・シークレット・ツアー」製作委員会
何しろ、天野監督は「私自身、妊娠中や小さい子どもを連れて海外を訪れた際に、空港などで受ける対応が独り身のときとはまるで違って驚いた経験があります。丁寧に扱っていただきありがたさを感じる一方で、1人の人間というより『妊婦』『子連れの母親』という“弱者”のカテゴリで見られる感覚をおぼえました」と語っています。

その通りで、和歌子は幼い子どもを連れていて、麻由は妊婦であるからこそ、空港のスタッフに気遣われており、皮肉にもそのことが「密輸犯だと疑われない」理由になっているようにさえ見えます。それらはもちろん社会にある優しい視線によるものですが、同時に「弱者というカテゴライズ」、もっといえば「1人の人間として見ない」ことにもつながるのでしょう。

劇中ではその天野監督の意志が、「1人の人間として捉える」形ではっきりと描かれています。何しろ麻由は「優柔不断な和歌子(有村架純)に対してはっきりと意志が強い人物」です。天野監督が語る通り「貧困が連鎖している家庭に育ち、本人は強く生きていて自分を卑下してはいないけれど、やっぱり家庭の貧困問題から逃れられない」と、劇中からは「(意志が強くても)どうにもならない」焦燥感や絶望も伝わってきます。
南沙良
(C)2026「マジカル・シークレット・ツアー」製作委員会
麻由を演じた南沙良は、これまでも可憐なルックスを持ちながら不満を抱えるキャラクターを見事に体現しており、筆者個人としては有村架純と似た資質を持つ俳優だと思っていました。本作では「意志の強さ」という1点で、その有村架純と渡り合う熱演をしていることにも、ぜひ注目してほしいです。

黒木華は「関西弁ネイティブ」にも貢献。非正規雇用の研究員の焦燥感が反映されていた

さらに、黒木華演じる、奨学金の返済に追われ後輩の出世をうらやむ非正規雇用の研究員・研究員・清恵というキャラクターについて、天野監督は自身が大学の研究室でバイトしていた際の見聞から生まれたと明言しています。
黒木華
(C)2026「マジカル・シークレット・ツアー」製作委員会
というのも、天野監督によると「研究者は非正規雇用で任期付きのポストが多く、皆さん“成果を出さないと解雇される”という焦燥感を抱えながら研究していて研究者の世界がとてもシビア」だと感じており、「社会の中で地位があってエリートに見えても、生きづらさを抱えているキャラクターを描きたい」という思いがあったからこそ、清恵というキャラクターが生まれたのだそうです。

しかも、黒木華自身が「関西弁ネイティブ」としてセリフをよりナチュラルにアレンジするなど、キャラクター作りに貢献していたのだとか。
黒木華
(C)2026「マジカル・シークレット・ツアー」製作委員会
ネガティブな思いを多分に抱えていながらもおしゃべりでもあり、アイドルオタクで推し活が生きがいであることも含めて愛おしく、その不器用さもありありと伝わってきて切なくなってくる……という「1人の人間」を、黒木華は完璧に体現していました。

「罪が軽かった」「簡単だった」からこそ犯罪行為をエスカレートしてしまう皮肉

「金の密輸」というそれだけを聞くと重大に思える犯罪に対して、劇中では「大したことじゃない」「そんなに悪いことじゃない」という「言い訳」をたびたびしており、それは彼女たちがさらなる「深み」にハマってしまったという理由につながっています。
マジカル映画
(C)2026「マジカル・シークレット・ツアー」製作委員会
例えば、劇中で「もちろん(密輸は)法律的にダメよ。でも人を殺してもないし、誰も傷つけてない。税金を払っていないというだけ」の言い訳は、確かにある種の真実ではあるでしょう。

さらには、「お金ってさ、あるところには腐るほどあるのに、社会の仕組みがクソやから、こっちまで回ってこうへんねん」「少しズルしても…まぁ、ズルしないと、割にあわへんて」というセリフも、貧困にまつわる普遍的な事実として、共感「してしまう」ところもあるのです。

しかも、天野監督によると、2017年当時は密輸さえも「申告漏れ」という扱いとなり、初犯かつその場で申告して税金を払えば、ペナルティは多少の罰金くらいで金も返してもらえたそうです(2026年の今ではもちろん改正済み)。

思えば、現在大きな問題になっている「闇バイト」も、「リスクの低さ」はもとより「大したことじゃない」などと罪の軽さを吹聴することで、安易に手を出してしまった例は間違いなくあります。

映画の着想元の実際の事件が「組織的・職業的犯行」であると指摘されたことと同じように、劇中の彼女たちは雇われる側ではなく、自ら率先してさらなる金の密輸に手を出してしまうのです。

もちろん、その過程を、ましてや犯罪を安易に肯定するはずはありません。終盤の展開はむしろ、犯罪に対して「これでもか」と「NO」を突きつける展開が待っており、本作を見て自分も金の密輸をしてみたいと思う人は、まず存在しないでしょう。

本作は、「罪が軽かった」「簡単だった」からこそ犯罪行為をエスカレートしてしまう皮肉と問題をも、まざまざと描いているのです。
次ページ
まるで「魔法のような」タイトルの意味は
Lineで送る Facebookでシェア
はてなブックマークに追加

連載バックナンバー

Pick up

注目の連載

  • ヒナタカの雑食系映画論

    映画『マジカル・シークレット・ツアー』はどこまでが実話? 主婦役に「有村架純以外は考えていなかった」理由

  • どうする学校?どうなの保護者?

    「不登校はペナルティー?」給食費無償化の盲点、“食べられない子”への支援から外れる自治体も

  • 恵比寿始発「鉄道雑学ニュース」

    南海電鉄の新・観光列車「GRAN 天空」は“高野線の救世主”となれるか。100年ぶりサービス復活の勝算

  • 海外から眺めてみたら! 不思議大国ジャパン

    「移民」に冷たいのはどっちなのか? スイスの厳格過ぎる学歴選別と、日本の曖昧過ぎる外国人政策