ヒナタカの雑食系映画論 第39回

『葬送のフリーレン』金曜ロードショーの視聴率6.8%は大健闘? 地上波放送で「時の流れ」を描いた意義

テレビアニメ『葬送のフリーレン』(日本テレビ系)が金曜ロードショーで初回2時間スペシャルとして放送され、今後は毎週金曜よりレギュラー放送となります。「一挙放送」された意義を振り返りつつ、「あっという間」の時の流れの中を体感させる本作の魅力をひもといてみます。(サムネイル画像出典:『葬送のフリーレン』公式サイトより)

「あっという間」の時の流れの中を体感させる

いきなり50年という時がたった後、フェルンという幼い少女と出会い、彼女が10代後半まで成長する様が描かれます。原作漫画でも印象的だったその時の流れを、2時間の一挙放送のアニメで描いたからこそ、フリーレンの「あっという間」な時の流れを視聴者に体感させる効果が絶大だったのではないでしょうか。

また、当然ですが地上波放送であると「倍速視聴」はできません。若者の間で倍速視聴は急増しており「当たり前」にさえなりつつある今、初回から「リアルタイム」で見る機会を与えたことも重要だったのではないでしょうか。

実際のアニメ本編も、ゆったりとしたテンポ感や落ち着いた演出が、やはりしみじみとした物語にとてもマッチしており、だからこそ「あっという間」な時の流れの中で、フリーレンが大切なことを知っていくエピソードそれぞれがとても愛しく尊いものに思えました。

倍速視聴そのものを完全否定するわけではありませんが、これを倍速で見てしまうと、確実に失われてしまうものがあるとも痛感したのです。これから配信で見る人も、ぜひ等倍速での鑑賞をおすすめします。アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』やNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』でも知られるエバン・コールの音楽もこれ以上なく作品にマッチしており、それも「このまま」のテンポで聴き入りたいものでした。

これほどまでにテンションの低い女の子2人の旅というのも珍しいですし、その関係が時の流れにより、お姉さんと幼い子ども、一緒に旅に出られる同等の立場、だらしない子どもとお母さんという、立場が変わっていく様がギャグやかわいらしい会話も交えて語られているのもとても楽しかったです。これも、やはり十年以上の時の流れが展開する作品でなければ、描けなかったことでしょう。

また、この地上波放送によりX(旧Twitter)ではキャラクターの名前がそれぞれトレンドに上がりました。『機動戦士ガンダム 水星の魔女』もそうですが、配信サービスでアニメを見ることがもはや主流となった今、「地上波放送でSNSがリアルタイムで盛り上がる」ことはさらなる人気を獲得するための有効な手段なのかもしれません。

初めのほうだけでは魅力が伝わりづらい理由も

また、筆者は今回の地上波放送前に原作漫画の第1話だけを読んでいたのですが、その時にはこの作品の面白さの本質に全く気づけていませんでした。何しろ、第1話で経過する時は一気に50年。勇者ヒンメルの老いた姿と亡くなった事実、それに対するフリーレンの後悔と涙も、正直にいって「早すぎて」ピンと来なかったのです。

しかし、その後の少女フェルンとの旅のエピソードで、その50年に渡る長い時で変わっていったこと、ヒンメルたちと共にいた10年の冒険の足跡も徐々に分かっていきます。初めに一気に経過した50年よりも遅い(でも普通のアニメよりははるかに早い)時の流れを描いたからこそ、長い時を生きたフリーレンが寿命の短い人間たちを「知ろうとする気持ち」はとても尊いものだと思えたのです。シンプルに『葬送のフリーレン』は「初めの方をちょっと読んだ(見た)だけでは魅力が伝わりづらいからこそ、初回一挙2時間放送の意義があった」ともいえるでしょう。

余談ですが、一緒に地上波放送を見ていた6歳のおいっ子は、初めこそ「戦わないからつまんない」とこぼしていましたが、しだいに食い入るように見るようになり、ギャグにケラケラと笑っていたりでとても楽しんでいました。小さい子どもが特に好むであろう派手なバトルのあるハイテンションな雰囲気のアニメではなくても、しっかりと丁寧に作り上げた作品の魅力は子どもにも伝わるのでしょう。

歴史があってこそ、より良い今がある

『葬送のフリーレン』で描かれたことは、決してファンタジーの絵空事とも言い切れないとも思います。何しろ、人と場所には「歴史」があり、それは現実でも感じさせることだからです。

例えば、旅行中に歴史的建造物の前にある解説文を読んで歴史を知ったり、久しぶりに会った親友がすっかり変わったように思えたり、はたまた廃墟を見て残酷なまでの時の流れを感じたことはあるでしょう。

そして、歴史を知って「より良い今があること」を実感できることも決して少なくないとも思うのです。それは『葬送のフリーレン』ではヒンメルとフリーレンたちが人々のために魔王を倒し平和を手に入れたことであり、現実では戦争を繰り返してきた歴史を経て今の世界があるという言い方もできるでしょう。

そうした長い歴史は本来は「体験」できないものですが、『葬送のフリーレン』は1000年以上の時を生きる女の子の旅路を通じて、歴史がある人と場所には、やはり長い時を経て積み重なった「想い」があるのだと、改めて知ることができるのです。そして、フリーレンが過去の誰かの想いを知り、これからの旅や人生の目的を見つけようとすることも、実は普遍的なことなのではないでしょうか。
 

彼女がどのようなことを、これから知っていくのか。今後は一挙放送ではない、1週間ごとに30分に満たない放送や配信での、また違った「時の流れ」でも、きっと楽しめると思います。


この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の魅力だけでなく、映画興行全体の傾向や宣伝手法の分析など、多角的な視点から映画について考察する。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。


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