『夏へのトンネル、さよならの出口』の“心中”してしまいそうな危うさ
9月9日から劇場公開中の『夏へのトンネル、さよならの出口』は、2019年に刊行された八目迷(はちもくめい)によるライトノベルの映画化作品です。
つづられるのは「ほしいものが手に入る代わりに“あるもの”を失ってしまう」という「ウラシマトンネル」を巡って「共同戦線」を張る物語。少年少女が不可思議な現象を通じて共に試行錯誤する面白さや、いつしかお互いを大切に思うようになる恋愛描写は、『君の名は。』に通じていました。また、携帯電話(ガラケー)のメッセージでやり取りをする様は、新海誠監督が自主制作した短編『ほしのこえ』(2002)に近かったりもします。
『君の名は。』と違うのは、とある「代償」を払わなければいけない設定と、やや暗めでダウナーなトーンで展開し、なんなら悩みを抱えた2人が「心中」をしてしまいそうな危うさをも感じられること。実際にその2人は、死なないまでも大きな犠牲を伴う選択をしそうにもなりますし、音楽を手掛けた富貴晴美氏は音響監督からの「駆け落ちや心中のような音楽を作ってください」というオーダーにも応えたそうです。
それでいて、似た悩みを抱えた男女が分かり合う過程が丁寧につづられており、前向きになれる優しいメッセージも提示された、悩み多き若者にこそ観てほしい作品に仕上がっていました。上映時間が83分とタイトで、原作から描写を大幅にカットして「2人だけの物語」として強調したことも、肯定したいポイントです。
変わったコンセプトの「僕愛」「君愛」
『僕が愛したすべての君へ』は、タイトルおよびその内容が「対」になっている『君を愛したひとりの僕へ』と同日公開という、かなり変わったコンセプトの映画です。共に原作は乙野四方字(おとのよもじ)氏による同名のライトノベルであり、その刊行は2016年6月。「原作が『君の名は。』の公開よりも前に書かれていた」ことをまず留意するべきでしょう。
特徴的なのは、「並行世界(パラレルワールド)の存在が世間的に認知されている」設定と、「それぞれの世界での異なる相手と運命を共にするラブストーリー」が描かれていること。主人公の少年が、離婚した父と母のどちらに付いて行くかで、一生ものの恋をする相手、それ以外の運命も大きく異なっていくことが、その2本の映画で語られていくのです。
さらに重要なのは、『僕が愛したすべての君へ』と『君を愛したひとりの僕へ』が「どちらを先に観ても良い」構造になっていること。観る順番によって、物語の始まりも、その結末が与える余韻も大きく異なってくるため、どちらを先に観るかという「一度しかない選択」が、劇中の物語とリンクするように、観客にも与えられていることにも面白さがあるのです。
現実にはあり得ない、並行世界を行き来するSFファンタジーが描かれていながらも、人生におけるあらゆる選択や可能性を肯定する、現実にフィードバックできる学びが得られることも大きな魅力。設定が複雑なため小さいお子さんには向きませんが、語り口は理路整然としているため大きく混乱することなく、多くの謎が提示されつつ進む物語を、良い意味で頭を使いながら追うことができるはず。パラレルワールドを扱ったSFが好きな人、切なくも愛おしいラブストーリーを求める人は、映画館で2本を一挙に鑑賞することをおすすめします。
なお、『夏へのトンネル、さよならの出口』『僕が愛したすべての君へ』『君を愛したひとりの僕へ』は中規模での劇場公開であり、実際の本編も『君の名は。』などと比べると、低予算で作られているという印象も持ちます。それでも限られた条件の中で面白いものを、良い画を作ろうとする気概が作品にははっきり表れているので、その意味でも応援したいのです。
>(次のページ)『君の名は。』以前の名作、そしてこれからのアニメ映画に危惧すること
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