1:映画『シャイニング』に近い恐怖が描かれていた
物語の発端は、認知症の父の介護のため、夫婦が幼い息子を連れて雪深い実家に引っ越してきたこと。そこでは、父が外に徘徊しないように厳重にかけていたはずの玄関の施錠が外れていたり、夫が不気味な絵を何枚も描くようになっていく……などなど「不気味な出来事がじわじわと侵食」していく、なるほど「侵触感ホラー」という触れ込みにふさわしい内容になっていました。
ネタバレになるので詳細は避けますが、『氷血』における2つのシーンは、画もシチュエーションもはっきりと『シャイニング』のオマージュと呼べるものでした。
『シャイニング』の有名なシーンはコメディ映画の「パロディ」の対象にもなりやすいのですが、今回の『氷血』ではそれらの『シャイニング』をほうふつとする場面が良い意味で笑えない、しっかり怖いシーンに仕上げているのも美点でしょう。
2:北山宏光の「あなた」という呼び方も含めた「モラハラ夫」ぶりが怖い!
「穏やかだった日常が“白い怪異”に脅かされていく」様が怖いのですが、それよりも怖いのが夫の稔(北山宏光)の「優しい言い方をしているはずなのに、じわじわとモラハラぶりが加速していく」様でした。
しかし、それらの優しいはずの言い方の数々に、個人的にはどうしても、良い意味で違和感を覚えてしまいました。それは特に、稔が悠希を名前ではなく「あなた」と呼んでいること。
「それよりもあなたのことが心配だよ」という妻をおもんばかる言葉にさえ、「あなた」と呼ぶことで距離感をあえて作っているような、よそよそしさをどうしても感じてしまうのです。
「あなた」という呼び方のみならず、北山宏光が時おり見せる「無表情」もとても恐ろしく映りました。そもそも稔は、自身の父の介護をほぼ悠希に任せっきりですし、彼女が精神的に疲弊していることを「分かっていない」どころか「言葉では心配もしているけれど、その気持ちを分かろうともしない」サイコパス性がありありと伝わってくるのです。
総じて、アイドルやアーティストというイメージを(良い意味で)かなぐり捨てているのではないか、と思うほどの役を、北山宏光が「容赦なく」体現していたことを、掛け値なしに称賛したいです。
また、内藤監督も、北山宏光を「この段階では裏の顔をどのぐらい匂わせていいのか? まったく出さなくていいのか。 にじませるにしても何パーセントぐらいなのか?というバランスをしっかり考えながら演じていました」と称賛していたそうです。その言葉通り、「優しい夫」から、その「裏の顔」がどこで覗いてくるのか……そのバランスの妙にもぜひ注目してほしいです。



