その写真を見た瞬間、すべてが決まった
そんなある日流れてきたのが、一枚の三毛猫の写真。目が釘付けになった。灯りの下、パソコン脇にドサッと体を投げ出し、人を食った表情の三毛猫がこっちを見ていた。キャプションには、「ほくそ笑む猫」とある。
その猫は、常日頃山本さんが一番の猫の魅力だと感じている「根拠のない自信に満ちた強気」をまさしく体現していた。
すぐに「存在感的に、この猫で!」とCGデザイナーに伝え、東口の猫が誕生する。
そのいきさつを後から聞いたナツコの飼い主は、「根拠のない自信に満ちていた」ことが決め手だったと知り、大いに納得がいったものだ。
パソコン脇にドサッと体を投げ出して、強い視線でほくそ笑むナツコの写真は、「いつまでだらだら仕事してんのさ」と、飼い主の夜仕事の邪魔をしに来たときの写真である。
彼女は、いつでも根拠なく強気だった。
ナツコは釣り堀で小魚をかっさらって生きていたノラ母さんから生まれた子である。
他の猫たちとつるむのが大嫌いで、飼い主に束縛されるのも嫌いだった。5年前の7月に、24歳の誕生日を前に亡くなる直前まで、その辺を出歩いて、朝帰りもしていた。
わが道を行く気性の激しい猫だったが、情の深い猫でもあり、バッタやらトカゲやら後始末に困る「おみやげ」を庭から持ち帰っては「どうよ」としたり顔で飼い主にプレゼントをしたものだ。
東口の猫が見つめるもの
東口の猫は、海外でも「日本ではビルに巨大な猫が住んでいる」と紹介されるほど注目を集め、内外で数々の賞を受けた。
たしかに、東口の猫は、泰然自若として、意思ある瞳で道行く人々を見下ろしている。それでいて、猫あるあるのすっとぼけたしぐさで、誰をも笑顔にさせる。思い出すかのようにこっちをじっと見つめるなど、リアルな「会えたね」感を私たちと共有する。
不穏な社会状況で閉塞状況にある人々に、「何でもない日常に、くすっと笑える光景があることのしあわせ」を再認識させてくれるのだ。
この猫は、ビル4階に住み続ける設定なので、長く愛され続けるべく、新バージョンの映像はこれからも次々と作られる。
「CGのエンターテインメント性は保ちつつ、素の猫の魅力は守り続けたい。ナツコさんのように堂々ときりっとして、ビルの上から道行く人々に意味不明な勇気を与え続けられるといいなと思っています。東口の猫を手がけたことで、僕たちスタッフも猫を取り巻く環境に改めて思いを馳せるようになりました。保護活動の広がりにも一役買えたら」と、山本さんは願う。
自分の面影が新宿という大都会に残り、国籍も年齢も問わず人々を笑顔にして、知らない者同士をつなぐ。そんな奇跡のような展開を、空の上からナツコは「どうよ」と強気の微笑で見下ろしているに違いない。ナツコは、24歳近くまでお達者に我が道を生きた、筆者の愛猫である。
この書籍の著者:佐竹茉莉子 プロフィール
フリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。フェリシモ「猫部」のWEBサイト創設時からのブログ『道ばた猫日記』は連載15年目。朝日新聞系ペット情報サイトsippo の連載『猫のいる風景』はYahooニュースなどでも度々取り上げられ、反響を呼ぶ。季刊の猫専門誌『猫びより』(辰巳出版)や女性誌での取材記事は、温かい目線に定評がある。



