
何より、日本でも大ヒットした『トップガン マーヴェリック』のジョセフ・コシンスキーが監督を務めたほか、その製作チームが集結しており、後述する通り、同作との共通点が(あるいは異なるところも)見つけられる作品だったのです。
予備知識をほぼ必要としない内容ではありますが、それでも事前に知ってほしい情報をまとめておきましょう。
1:上映時間は2時間半越え&でもとにかく劇場で見て!
注意点としては、上映時間が155分とそれなりに長尺であること。131分の『トップガンマーヴェリック』に比べても20分以上も長いですし、事前のトイレはほぼ必須です。その一方で、長尺であることに身構えなくてよいとも思います。何しろ、後述する物語は、シンプルかつ万人向けのエンタメ性がある内容ですし、何よりド迫力の映像を「浴びる」ぜいたくな体験には、時間を忘れるほど没入できるはずです。 実在のモータースポーツである「F1®」を題材としているのは言うまでもなく、今作ではAppleのエンジニアたちがiPhoneのカメラを流用して制作した、専用の車載カメラが用いられています。そのおかげもあって、もはやレーサー本人の視点で時速300kmのレースに参加している感覚を得られるでしょう。
さらには、世界各国のサーキットでロケを行ったからこその「スケール感」、音を耳だけでなく全身で受ける「音響」、さらにはレースの疾走感にマッチした「音楽」と、それにシンクロするエッジの効いた「編集」など、「映画館」という、作品に没入できる環境だからこそ感じられる「加点要素」が大きいのです。

2:主人公が「ブラピらしい」「ちょっとイヤなやつ」…だがそれがいい!
本作の目玉は、やはりブラッド・ピットの主演作であること。彼が演じるのは「世界を震わせた伝説のレーサー」であり、あらすじは彼が現役復帰を果たして、最下位に低迷するチームを救おうとするシンプルなものです。 その上で、自信過剰でもある新人とはウマが合わず、チームメイトのはずなのに対立してしまいます。主人公が時代遅れだと周りから言われる(または自覚している)ことや、若い世代と反目し合ってしまうことが、分かりやすく『トップガン マーヴェリック』と共通している、というわけです。ただし、決定的に異なるのは、そちらでトム・クルーズが演じる主人公は生真面目で「善性」を大いに感じるのに対し、この『F1®/エフワン』の主人公は良くいえば軽妙洒脱、悪くいえばやや不遜、もっといえば「ちょっとイヤなやつ」でもあることでしょう。

しかし、ほぼ全編でひょうひょうした佇まい、物怖じせず常識破りな言動をしているおかげもあって、悲壮感や緊張感はほとんど感じられません。好みは分かれるかもしれませんが、「これはこれでブラッド・ピット主演作としては存分にアリ」と思えるバランスにもなっているのです。
例えば、ブラッド・ピットは『テルマ&ルイーズ』では何でもペラペラとしゃべってしまうどうしようもない男、『セブン』では猪突猛進な危うさがある刑事、『ファイト・クラブ』では今で言う「マッチョイズム」を体現したような役柄に扮(ふん)していました。ブラッド・ピットにとって、大きなくくりでの「ちょっとイヤなやつ」は、得意とするキャラクターなわけです。

しかも、そのちょっとイヤなやつのはずの主人公が、物語後半のとある大きな反省を経て成長することも含めて、しっかり魅力的に見えてくるのです。ブラッド・ピットが大スターである理由を、再確認できる作品になっています。
ちなみに、ブラッド・ピット本人がモータースポーツの大ファンでもあり、ロードレース世界選手権であるMotoGPのドキュメンタリー映画『ヒッティング・ジ・エイペックス』ではナレーションと共同プロデューサーを務めたこともあります。
しかも、ジョセフ・コシンスキー監督は、ブラッド・ピットとトム・クルーズが共演する映画を脚本の読み合わせまで進めていたものの、予算の都合で企画が頓挫(とんざ)してしまったこともあったのだとか。同企画はその後、ジェームズ・マンゴールド監督、およびマット・デイモン&クリスチャン・ベール主演の映画『フォードvsフェラーリ』として完成したそうです。
そんなコシンスキー監督とブラッド・ピットにとって、レース映画の「決定版」のような今作を作り上げたというのは、きっと感無量だったことでしょう。