フィクションだが、現実にある問題と思える
造語が使われているだけでなく、物語としてもフィクションであり、ともすれば後述する劇中の「治療」も含めて「存在しない問題をまるで現実の社会問題のようにセンセーショナルに扱っているだけでは?」と「こんなこと現実にあるわけないじゃん」と思う人もいるかもしれませんし、それは真っ当な批判として成立します。しかし、実際に鑑賞した筆者としては、大枠として捉えれば「これは現実の延長線上にある、いや現実にそのままある問題だ」と思えました。実際に試写会での「いまの気持ちに一番フィットするのは?」のアンケート結果では「リアルに考えさせられた」が一番多く選ばれていたりもするのですから。
PG12指定には注意。賛否両論もいとわない内容に
本作は「刃物による殺傷流血の描写がみられる」という理由でPG12指定(小学生には助言・指導が必要)がされており、高齢者への虐待、褥瘡(床ずれ)をはっきり見せるほか、自殺または自殺に関する描写も含んでいます。原作小説よりはショッキングな描写がやや抑えられているとはいえ、グロテスクな事態を「想像させる」場面もあり、鑑賞にはある程度の覚悟は必要でしょう。 何より、「見る側の倫理観を揺さぶる」セリフと作品構造があり、賛否両論を呼ぶことをいとわない内容です。でも、だからこその「深い思考に向かわせること」「議論を呼び起こすこと」こそが本作の本懐ともいえますし、試写会で「ホラーじゃないのにどんなホラー映画よりも怖かったです」という反応があったことも納得の作品に仕上がっていると思えました。
内容に触れつつ、さらなる「見る意義」「現実の問題を照射している理由」を、3つのポイントからまとめましょう。
1:「倫理的に問題がある治療」を「けっこういいかも?」と思ってしまう
基本的なあらすじは、とあるデイケアでの「画期的な治療」を知った編集者が、その治療の手記の執筆を考案者の医師に持ちかける、というもの。現在Netflixで配信中のドラマ『地獄に堕ちるわよ』もそうですが、「話を聞きにいく」という観客の心理に極めて近い立場の人間をもう1人の主人公にしているため、話の筋が追いやすくなっています。
劇中では「お年寄りの体重が軽くなったら、介護負担を減らすことができる」といった「合理的な考え」が語られるほか、治療そのものを「Aケア(Aは切断のAmputationの頭文字)」と呼称して抵抗感を軽減する試みも行われているのですが、「それにしたってそれは……」と嫌悪感を覚えるでしょう。 一方で、劇中ではその治療をまるで悪魔の所業のように推し進めたりはせず、むしろ倫理観から反発があるのは当然のこと、という前提で取り扱われています。
当の医師本人から「少し冷酷だと思いましたか?」と編集者に問いかけていますし、スタッフ同士のディスカッションでは「いろんな意見があったほうがいい」と発言を促されますし、さらには「取り返しがつかない治療だから、本人にどのような効果があるか、慎重に判断しないといけない」という理由で、適用のための明確な「基準」も設けられたりするのです。 医師が「説得」のために話す「輸血や臓器移植が初めて試された時はどうだったと思う? 今は当たり前のように行われている治療も、最初は倫理的にも感情的にも、反発があったんじゃない?」という言説にも、かなりの説得力があります。
そうしたところで、「あれ? はじめはヤバい治療法だと思っていたけど、意外とありなんじゃない? ちゃんと基準もあるし画期的かも?」と「受け入れてしまう」効果を生んでいました。
そんな風に問題のありそうな治療を「けっこういいかも」と思わせるだけでは終わりません。激しく糾弾する内部告発が週刊誌に流出するほか、とある衝撃的な事件までもが起こるのですから。
それでいて、善か悪かという二元論で安易にジャッジはせずに、良い意味で観客をモヤモヤさせる、簡単には「答えを出さない」作りにもなっているのです。



