ヒナタカの雑食系映画論 第225回

染谷将太主演の映画『廃用身』がホラーよりも怖い「現実の問題」を照射している3つの理由

映画『廃用身』がフィクションでありながら「現実の問題」を照射している3つの理由を、染谷将太がとてつもないハマり役であるワケも含めて解説しましょう。(画像出典:(C)2025 N.R.E.)

2:染谷将太だからこその「サイコパスであることに苦悩する」役の説得力

本作の説得力と迫力を倍増させているのは、主演・染谷将太というキャスティングです。
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(C)2025 N.R.E.
劇中の医師は「倫理的な問題点も分かっている」上で、それでもこの治療が患者のためになると(医師としての勘のようなものと表向きには言いつつも)「心から確信している」ように見える、という役柄です。その言説を信用したくなる一方で、それでも「この人の言う通りにするとまずいのかも」と一抹の不安も覚えるでしょう。

染谷将太は幅広い役柄を演じていたこともあり、今回は善良にも悪魔のようにも、聖人君子のようであり独裁者のようにも、浮世離れしているようで人間くさくも見えるという、多面性をまざまざと感じさせます。原作小説では「35歳で若いからこそ患者の信頼を得られていないのではないか」という「年齢コンプレックス」も示されており、実年齢としてもほぼピッタリでした。
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また、染谷将太は『怪物の木こり』では選民思想を持つサイコパスの脳外科医を演じていましたが、今回はそちらと似ているようで正反対とも言える、「サイコパスの性質を持つ自分に気づき苦悩する」役柄にも見えます。終盤でとある疑問を瀧内公美演じる妻に投げかける様は、特に彼の「人間味」が繊細に表れていた、と言えるでしょう。 染谷将太自身、「動揺や緊張を排除するために、瞬きしないように」と決めて役に挑んでいたそうで、さらに「実はシンプルな人で、患者さんを麻痺から解放するAケアの普及こそが自分の使命だと信じていると気づきました。要はセリフすべてがAケアを普及させる言葉なんです。演技というよりは、目の前の人にいかに信じてもらうかという作業を繰り返す感覚でしたね」と答えています。

俳優としての試みが、自身の使命を信じて全うしようと尽力している、でも実は悩みや苦悩を隠そうともしているのではないか、と想像させる役とシンクロしているからこそ、より説得力を増していると言えるでしょう。
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その上で、彼がどのような人間かは観客それぞれの判断に委ねられているといえますが、筆者個人としては、染谷将太の言うように、とてもシンプルな動機で行動している、「普通の人」だと思いました。自身の「闇」に向き合う恐ろしさと葛藤はとても普遍的なものですし、彼のような人間は現実のどこにでもいる、それこそ誰にだって彼のような一面は持ち得る、と思えたのです。

なお、原作小説は医師の手記という体裁で進むため、まるで実際に記されたもののように錯覚をする構造があり、今回の映像化においては最初は原作に近いフェイクドキュメンタリー形式も検討されたそうです。しかし、𠮷田光希監督は「より多くの観客と物語を共有するため、今回は俳優の存在から映画を立ち上げる方法を選んだ」そうです。
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結果として、正攻法で作られた劇映画だからこその、何より染谷将太を配役したからこその、リアリズムを生み出したと言えるでしょう。

3:「実際にあること」「身近なこと」が反映されている

本作は重ねて言うようにフィクションですが、実は何重にも「実際にあること」が反映されています。
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例えば、原作者の久坂部羊はデイサービスのクリニックで、実際に2人の高齢者の方から「麻痺した手足を切ってほしい」と訴えられたことがあり、当然断ったものの、「常識的に無理」と斬り捨てなかったら……と妄想したことが小説の種となったと明言しています。

さらに、手術シーンでは染谷将太と執刀医役の吉岡睦雄以外は全員、医療監修の方など本職の方が、手術開始前のタイムアウトや器械出しなどを本番さながらに演じていたとのこと。さらに、それぞれが医療倫理的な疑問に答えたり、アイデアも出していたのだとか。

クリニックのスタッフ役には、介護資格や看護師資格、理学療法士、介護経験のある俳優も積極的に探したそうで、それは𠮷田光希監督の「実際の現場を知っている人にも裏切りのないように」「小さな所作の違和感ひとつで、観ている人の気持ちが作品から離れてしまわないように」の意向もあったのだそうです。

そうした発想の発端、映画の構造や取り組みだけでなく、劇中の問題提起そのものも「現実にあること」です。

例えば、「どんな治療法にもデメリットはある」「家族や親しい人の治療法の受け入れ方は患者本人とは異なる」からこそのインフォームドコンセントは重要だと改めて気付かされますし、終盤で医師が患者の家族から聞かされる衝撃的な告白は「実際にあり得る」「自分もこう言ってしまうのかも」と多くの人がゾッとさせられるでしょう。
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(C)2025 N.R.E.
また、北村有起哉演じる編集者の家庭の事情が全く極端ではない、よりありふれているものだからこそ、より身近な問題の延長として、劇中の出来事を考えられるはずです。

厚生労働省のデータによると、2055年に日本では75歳以上の高齢者が人口の25%を超えるそうです。原作小説が書かれたのは20年以上も前のことですが、高齢化社会の問題は2026年の今ではより顕在化していますし、何より介護は多くの人が向き合う、やはり身近な事柄です。

だからこそ、本作で描かれた恐ろしい出来事を絵空事と捉えず、あり得る未来の問題として、見据えていただきたいです。

(※吉田光希監督の「吉」は「つちよし」が正式表記です)
ヒナタカ
この記事の執筆者: ヒナタカ
映画 ガイド
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。 ...続きを読む
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