5:「アイドルの幻想」をいい意味で打ち砕く
「アイドルって、有名になって、ちやほやされて、うらやましいよな」と、妬ましさも含みつつ、そのように思ってしまう人は多いでしょう。しかし、この『トラペジウム』の物語はその「アイドルの幻想」をいい意味で打ち砕いてくれます。 「注目されること」がいいことばかりではない、葛藤や苦悩も本作でははっきり描かれているのです。前述した主人公の「エゴ」や「狂気」もその1つでしょう。こうした青春ものやサクセスストーリーでは、主人公たちの「外」にある出来事を「立ちはだかる壁」として置くことがよくありますが、本作では主人公たちの「内面」の問題の方を主軸にしています。
もちろん、その内面の問題が現実のアイドルにそのまま当てはまるわけではないでしょう。しかし、似たような葛藤や苦悩を抱えているのかもしれないと、自身の「推し」のアイドルや誰かに想像を働かせてみる、考えてみるきっかけを与えてくれるのは、本作の大きな意義です。
また、「主人公を嫌いになってしまうかもしれない」「アイドルの幻想が打ち砕かれる」という容赦のない作品のバランスは、もちろん意図的なもの。それは賛否両論を呼ぶ理由でもありますが、「見る人を傷つける可能性がある」ことにも向き合った作り手の誠実さそのものだと、筆者は捉えています。
6:モノローグを最小限にした映画の工夫の数々
原作小説からして、主人公はアイドルのみならず、さまざまな事象に対してクールでドライな考えでいて、その極端さに笑ってしまいそうになったり、なるほど正論だと思えるところもあって、それこそが面白い作品でした。 原作と違い、本作ではそうした辛辣(しんらつ)なモノローグは最小限にとどめられ、「映画」としての演出や工夫が凝らされていることも美点でしょう。例えば、映画冒頭の(原作でも描かれた)主人公の「電車の中での位置」が、とあるショッキングな場面との対比となっているのが見事です。
また、主人公のお母さんのとある言葉も、原作とは異なる、映画オリジナルのもの。小説ではモノローグで示された主人公の成長と後悔、はたまた普遍的な「間違ってしまった人」へ寄り添う優しさを、映画では違う形で示してくれたことに感動しました。
さらに、クライマックスの「場所」も原作と異なっています。クールでドライな原作の雰囲気ももちろん面白いのですが、今回の映画は、(主人公のイヤな面を抑えることなく)よりエモーショナルかつ万人に響く内容へと、見事なチューニングが行われていました。
ちなみに、原作者である高山一実は、長期にわたる映画制作の中で、脚本や音楽などに幅広く携わり、スタッフ・クリエイターの協力のもと、映画作品としての『トラペジウム』を新たに再構築したのだとか。
篠原正寛監督、脚本担当の柿原優子、その他のスタッフの力が大きいのはもちろんでしょうが、『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』に続き、「原作者がガッツリ関わってこそのクオリティ」は、本作に間違いなくあるのです。
映画と小説版と見比べてみるのも、きっと面白いでしょう。映画で飲み込みづらく感じたポイントがあるのであれば、小説の文章できっと「補完」もできると思いますよ。
7:キラキラしているだけじゃないけど、星のように光り輝いた瞬間もあった
もちろん、物語は主人公を観客に嫌いにさせたまま、アイドルの幻想を打ち砕いたまま終わるはずがありません。言ってしまえば、本作は「どんな経験も自分の“糧”にできる」という、アイドルを目指す少女に限らない、普遍的な教訓を与えてくれる物語でもあり、それ以上の希望をも示してくれているのです。 主人公の行動原理はやはりエゴそのものですし、誰かが悲しくつらい思いをした事実は残ります。だけど、そういった経験もまた、その人の、または他の人のこれからの未来につながる。もしくは、誰かのための行動が、(誰かにとっての不幸につながることもあれば)もっと大きな幸福につながることもある。それはなんと大きな希望でしょうか。
また、主人公はこうも言っていました。「初めてアイドルを見たとき思ったの。人間って光るんだって」と。
タイトルの『トラペジウム』とは、オリオン座の中にある四重星の名前で、4つの星を結んだ形から「不等辺四角形」の意味も持っているそうです。
トラペジウムは、劇中の4人の少女たちの立ち位置そのものを示しているとも言えますし、彼女たちそれぞれがまるで星のように、それこそ「スター」として「光った」瞬間も、この映画の中には確かにありました。
キラキラしているだけじゃないアイドルの物語だけど、彼女たちが星のようにキラキラと光り輝いていた時もあるし、その光はこれからの未来につながる。そう思えることは、この映画を見た人にとっても、きっと財産になると思うのです。
そんなふうに、感動の理由がたくさんありながらも、完全にいい話なだけに終わらせないのが本作。主人公がやっぱりイヤな部分を見せる、いや「ふてぶてしさ」も意図的に打ち出していて、それはもう「あなたはそれでいいよ!」とすがすがしく思えた部分でもありました。
やはり、いい意味で「主人公の性格、めっちゃ悪いな!」なところも含めて、この『トラペジウム』を楽しんでください。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。