ヒナタカの雑食系映画論 第61回

映画『スパイファミリー』は『クレヨンしんちゃん』を目指している? 面白さと隣り合わせの「制約」とは

『劇場版 SPY×FAMILY CODE: White』はとても面白い映画でしたが、『スパイファミリー』という作品ならではの「制約」をよくも悪くも感じさせました。『クレヨンしんちゃん』の映画を連想させる理由も合わせて解説しましょう。

原作やアニメにあったエピソードと比較しても「強引」な描写

単純に強引だと思えてしまう展開もあります。旅行の目的が「調理実習で“メレメレ”という伝統のお菓子を作るためのリサーチ」というのも「それだけのために?」と違和感がありますし、その後にレストランでメレメレが食べられなくなってしまったり、その材料を手に入れようと画策したりする流れも、それなりに強引に感じてしまいました。

また、原作からいる人気キャラクターの多くを登場させ、さまざまな要素が詰め込まれているおかげもあって、メインプロットのシンプルさに対しての110分の上映時間も、やや長めの印象でした。

ちなみに、『スパイファミリー』の原作やアニメには、豪華客船を舞台にした人気エピソードもあります。
 
こちらは「家族が互いの正体を秘密にしている」制約を逆手に取ったような「すれ違い」を生かしたギャグの面白みや、敵とのハラハラする攻防を描いており、同様の魅力は今回の映画にもありました

ただ、その豪華客船のエピソードにおける設定や展開の違和感は少なく思えただけに、今回の映画でも、もう少しスマートな語り口はなかったのか、とも思えてしまうのです。

『クレヨンしんちゃん』の映画を直接連想させる展開も

そして、はっきり『クレヨンしんちゃん』の映画を連想する展開もあります。

アーニャが「極秘マイクロチップが入ったチョコレートを食べてしまう」というのは『クレヨンしんちゃん 暗黒タマタマ大追跡』で赤ちゃんのひまわりが重要アイテムを飲み込んでしまったことを思い出しましたし、ストレートにスパイアクションものだった『クレヨンしんちゃん 電撃!ブタのヒヅメ大作戦』と重なる要素もあったのですから。
 
さらに、後半からはアーニャが自分の体の中にある極秘マイクロチップを悪人に渡させない……というよりも自分の命を守るため「う◯こをがまんする」という、まさに『​​ブタのヒヅメ』っぽいギャグが展開

アーニャの豊かな顔芸(さらには『窓ぎわのトットちゃん』に通ずる想像のシーン)も相まって確かに面白くておかしいのですが、「『スパイファミリー』で『クレヨンしんちゃん』っぽい小学生が喜びそうな下ネタを推すのはいかがなものか?」という意見もあるのです。

ほかにも、前述したメレメレを巡る悪人との「勝負」や、ヨルが戦うことになるボスキャラクターの設定も、荒唐無稽なところがあった『スパイファミリー』といえども、やや浮いている印象がありました。こちらも、現実離れを超えてクレイジーな敵キャラクターを描ける『クレヨンしんちゃん』の映画であれば、違和感はなかったかもしれませんが……。

そもそも『スパイファミリー』は、ヨルが“殺し屋”というモラル的に絶対に正しくない職業についていたり、テレビアニメが深夜近くに放送されたりするなど、ファミリー層や子どもをそれほど強くは意識していなかった作品でもあったと思います(『クレヨンしんちゃん』ももともとは青年向け雑誌に連載されていた漫画だったりもしました)。

今回の劇場版は字幕に(テレビアニメにはなかった)ルビが振られていることからも分かる通り、子どもも明確にターゲットしており、それこそ作品の送り手は『クレヨンしんちゃん』のように国民的な作品になることも目指しているのでしょうが、「だからって内容まで『クレヨンしんちゃん』の映画っぽくしなくても……」という意見もまた正当なものだと思います。

大河内一楼脚本の「交通整理」「関係性の構築」はさすがだけど……

今回の脚本を手掛けたのは、テレビアニメ『機動戦士ガンダム 水星の魔女』(MBS/TBS系)の絶望が絶望を呼ぶ展開がSNSで話題となったほか、共同脚本を手掛けたアニメ映画『アイの歌声を聴かせて』(Amazonプライムビデオでも見放題配信スタート!)が絶賛の嵐となり、『プリンセス・プリンシパル』(TOKYO MXほか)という、まさにスパイもののアニメも支持を得ていた大河内一楼です。

大河内一楼による脚本は往々にして、物語をロジカルに語る「交通整理」や、魅力的なキャラクターが織りなす「関係性の構築」がとてつもなくうまく、前述してきた『スパイファミリー』という作品ならではの制約がある中で、今回もキャラクターそれぞれの見せ場や魅力をたっぷりと打ち出し、エンタメ性を高めつつファンの期待に応えてまとめあげる手腕はさすがだと、掛け値なしに思えました。
 
ただ、その大河内一楼が手掛けてもなお、脚本に強引さや作為的なものを感じてしまったというのは苦しいところ。『スパイファミリー』という作品が、『クレヨンしんちゃん』の映画と比較しても、やはり制約を多く感じてしまったのも事実なのです。

『クレヨンしんちゃん』の映画は、比較的原作から離れた、自由度の高い内容にできるからこそ、『嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』『嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』『謎メキ!花の天カス学園』といった傑作が生まれたともいえるのではないでしょうか。

この先、『スパイファミリー』の映画の続編が作られるかどうかは分かりませんが、今後も『クレヨンしんちゃん』の映画のようなファミリーまたは子ども向けの路線を目指すのかもしれませんし、はたまた全く異なる内容になるのかもしれません。

いずれにせよ、筆者は『スパイファミリー』という作品そのものが好きなので、今後も面白い展開がされることを、ただ願っています。

この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
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