ヒナタカの雑食系映画論 第36回

大人こそ「プリキュアが好き」と言っていい。映画『プリキュアオールスターズF』が再定義するヒーロー像

上映中の『プリキュアオールスターズF』に絶賛に次ぐ絶賛が寄せられています。それもそのはず、本作は「大人のプリキュアのファンこそが感涙する」「プリキュアというヒーローの再定義」をする、ものすごい作品だったのです。

「プリキュアとは何か?」という問いに答えてみせた

さらに今回の『プリキュアオールスターズF』がすごいのは、「プリキュアとは何か?」という根源的な問いに、作品そのもので答えていること。その答えを打ち出すための、脚本も実に周到にできていました。

例えば、序盤では4つのチームに別れたプリキュアたちが、どこなのかも分からない場所で城を目指して冒険をするのですが、そこでの「私たちいつも○○だよね」といったセリフや、極端なギャグとして描かれる事象が、それぞれのキャラクターの「らしさ」を示しています。一見さんにもこれだけたくさんいるキャラクターそれぞれの個性が伝わるでしょうし、ファンであれば「そうそう、この子はこういうところがあるんだよね」と改めて魅力を確認できるでしょう。
 

その後にプリキュアたちは謎めいた敵との戦いを余儀なくされます。詳細はネタバレになるので伏せておきますが、それまでたわいもない会話を交えた楽しい旅を通じて、キャラクターそれぞれの「らしさ」を描いてきたこと、それこそがプリキュアというヒーローに変身する彼女たちの「強さ」、または「プリキュアである理由」にも直結していると納得でき、それこそが危険で間違った思想に染まった強大な敵と、真っ向から「ぶつかっていける」理由にもなっていることに感動しました。

さらに、プリキュアシリーズを見続けた人にとってのご褒美となるファンサービスを大放出しつつ、クライマックスではヒーロー映画全般でも頂点といえるほどの熱量のバトルが繰り広げられます。超絶的なアニメのクオリティーをもってして「プリキュアとは何か?」の問いに、全力投球で答えを出していると言っていいでしょう。
 

また、そのクライマックス手前、敵の作戦に「そういうことじゃないよ!」とツッコミを入れる場面がありますが、その「プリキュアの本質とぜんぜん違う」理由は言葉にせずとも誰にでも分かるはず。さらに、プリキュアにはパートナーとなるかわいい「妖精」がいるのですが、その妖精はプリキュアにとってどういう存在なのか、ということも改めて問いかけています。

こうした周到な計算と、作り手が考え抜いた問いかけと答えがあってこそ、『プリキュアオールスターズF』は「プリキュアというヒーローの再定義」に成功しているのです。それはもう、ファンが見れば感涙、そうでない人にも「プリキュアって……すごい!」と心から思えるというものです。

また、実はタイトルにある「F」の意味は劇中では明かされていません。「Fight」「Future」「Friend」、はたまたプリキュアが全てそろうオールスター映画が最後という意味で「Final」なのかもしれませんが、個人的には「First」でもいいと思いました。あるキャラクターにとって、これは「初めの第一歩」の物語でもあるのですから。
 

1つだけ今回の映画の不満を言うのであれば、中学生以下の入場特典である「ミラクルライト」を振るタイミングが少し分かりにくかったこと。プリキュアの映画は、指定のタイミングでこのライトを振って応援できる、「観客参加型」の楽しさもあります。今回はコロナ禍のため自粛してから3年ぶりのミラクルライトの復活となるのですが、少し振ることをためらっている人が見受けられたのは、ちょっともったいない印象がありました。これから見る人には、「画面にミラクルライトが登場した時に、もう思いっきり振って応援しよう!」とだけアドバイスをしておきます。

大人も、堂々とプリキュアを好きと言ってもいいのかも

最後に余談ですが、大人の(特に男性の)プリキュアのファンは、自身たちを「大きなお友達」「プリキュアおじさん」と半ば自虐的に語ることもあります。もちろん、もともとは「女児向けアニメ」であることは事実なので、大人が熱心に楽しむ、ましてや(1人で)映画館に行くことに抵抗を感じてしまうのは当たり前ですし、ある程度の節度も必要だとも思います。

ただ、前述した通り大人をターゲットにした新シリーズも展開しますし、『プリキュアオールスターズF』がこれまでのシリーズを追い続けたファンに向けた内容にもなっているのですから、大人も堂々とプリキュアを好きと言ってもいいのでは? とも強く思います。

そのことをさらに学べたのは、7作目『ハートキャッチプリキュア!』の第18話。体が大きくて周りから「番長」と恐れられる「番ケンジ」というキャラクターが登場するのですが、実際は穏やかで心優しい性格であり、目撃したプリキュアをテーマにした漫画を隠れて描いていたりもしていました。その理由は「かわいいじゃないか……!」であり、その後はプリキュアに助けてもらいつつ、母親に少女漫画家になる夢を打ち明けようとするのです。
 

大人(番くんは体が大きくても中学生ですが)もかわいいものをかわいいと言っていい、男の子も女の子のヒーローを好きになってもいいし、そこから何かの自分の進む道や夢を見つけてもいい、という作り手からのメタフィクション的なエールだと個人的に解釈しました。女の子向けに作っていたとしても、女の子以外をむやみに拒んだりはしない。そんな気概もある、プリキュアが改めて大好きです。


この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の魅力だけでなく、映画興行全体の傾向や宣伝手法の分析など、多角的な視点から映画について考察する。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。


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【これまでのプリキュアシリーズを振り返ってみる!】
 
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