「人口増に貢献しない行為」は非生産的である? 「中絶合憲」判決を覆した米国が落ちていく、想像以上に暗く深い闇

米・連邦最高裁が、人工妊娠中絶を女性の権利だと認めた1973年の判決を覆す判断をし、国内外で強い反発が起こっています。「洪水がやってくる」とも評されるこの判決の背景にある価値観や、アメリカの不都合な真実を、コラムニスト・河崎環さんが語ります。

 

バイデン大統領「悲劇的な過ちだ」

1973年に合衆国憲法に照らして合憲と判断された「人工妊娠中絶の権利」が、よりによって約50年後の現代に、覆された。米国の一流紙「ニューヨーク・タイムズ」は、6月24日、米国最高裁の歴史的な「ロー対ウェード判決」無効判決を受けて「洪水がやってくる」と書いた。中絶反対派が論拠とする旧約聖書の教えを踏まえ、「創世記」の大洪水が来る、あなたたちは神の怒りを招いた、という皮肉だ。世界を飲み込む、怒りの洪水がやってくる。何らかの「終わりの始まり」である。
 

中絶の権利を認めた「ロー対ウェード判決」が無効とされたことにより、中絶をめぐる全米統一のルールが失われた。中絶に対する判断は各州に委ねられた形となり、すでに中絶禁止や規制を州法化していた13州の中には、即発効する州も出た(これを合衆国最高裁判決に紐づけたトリガー法という)。これにより、ルイジアナ州やアーカンソー州、テキサス州など、共和党の地盤として知られる南部保守地域では、最高裁判決の瞬間から中絶が違法となり、クリニックが中絶実施を停止。特にルイジアナでは、レイプや近親相姦による妊娠も中絶禁止の対象となる。移民の多いテキサス州では、英語が喋れず事情を知らない患者が受付でクリニック側に中絶停止を告げられ、呆然とする場面もあったという。
 

中絶を母体(産む女性の体)の保護ではなく、生まれる命を奪う行為と考える中絶反対派には根強いキリスト教右派(※)的価値観を堅持する保守派が多く、「保守のイデオロギー」とされる。今回の最高裁判決で、最右翼と言われる保守系判事は、同性婚を合憲とする現代の法的状態や性的少数者の扱い、避妊行為そのものすらを見直す必要性にも言及し、独自の見解を明らかにしたことで大顰蹙とさらなる警戒を招いた。人類の再生産(出産や人口増)に貢献しない(できない)人々とは、国の繁栄に寄与せず非生産的な人々だ、という切り捨てである。
 

バイデン大統領は判決を「悲劇的な過ちだ」とコメントし、中絶の判断が各州に委ねられたいま、11月の中間選挙で中絶の権利擁護派へ投票するよう呼びかけた。中絶が合憲と認められた1973年当時、人工妊娠中絶の支持者マジョリティーは今とは逆に民主党員ではなく、共和党員のほうだったというから驚きだ。当時、中絶は保守派にとって「俺たちの自由で発展したアメリカ」の象徴だったのだろう。以来50年、共和党は50年前の自分たちを無視して最高裁を政治利用し、新たに激しい対立を作り上げた。時計が巻き戻り、「洪水がやってくる」。
 

>次ページ:全ての妊娠が歓迎される妊娠じゃないことは、まさか大人の皆さんなら知らないわけがないだろう
 

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※キリスト教右派(Religious Right、Christian right)……プロテスタント福音派を中心に、キリスト教原理主義者、カトリック保守派も含む、キリスト教の保守的勢力。統一された思想があるわけではないが、特に人工妊娠中絶 、同性婚、公教育などの内政問題について“伝統”的価値観を共有し積極的に政治・社会運動を行っている。

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