「人口増に貢献しない行為」は非生産的である? 「中絶合憲」判決を覆した米国が落ちていく、想像以上に暗く深い闇

米・連邦最高裁が、人工妊娠中絶を女性の権利だと認めた1973年の判決を覆す判断をし、国内外で強い反発が起こっています。「洪水がやってくる」とも評されるこの判決の背景にある価値観や、アメリカの不都合な真実を、コラムニスト・河崎環さんが語ります。

「三権分立」「自由平等な国家」のウソ

女性の体の基本的な(自分で自分の体のことを決める)権利が、政治的情勢のいかんで左右される。民主党と共和党の二大政党制がもたらすパワーゲームの末路がこれだ。三権は分立してなどいないのだ。
 

今回の判決は、そもそも妊娠15週を超えた中絶を禁じるミシシッピー州法の合憲性を問う訴訟に対して示されたものだった。州法が即時発効し喜びに溢れるミシシッピー州知事はツイッターで声明を発表し、そこにはこう書かれた。「この決定は直接、より多くの心臓が脈打ち、より多くのベビーカーが押され、より多くの成績表が手渡され、より多くのリトルリーグの試合が開かれ、より多くの良い人生が送られる結果につながるだろう。喜ばしい日だ!」
 

州知事がこの先の未来に見ているのは、「健康で、地力と体力(と、ある程度の経済力を持つ家庭環境)に恵まれた男子が多数供給される世界」でしかない。本当に中絶を必要としている層がどこにいるか、本当に必要な中絶とはどのような妊娠に対する中絶であったかを、彼は想定すらしていない。そしてその世界観に、女子は「将来的なベビーカーの押し手」として存在するだけである。
 

歴史が長く、プライドも高く、各国地続きであるがために諍いを解決する方法論に長けざるを得なかった欧州から「田舎者たちの巨大な国」と鼻で笑われることもある新大陸アメリカ。そのアメリカの不都合な真実とは「正義を1種類しか許容できない」ことだ。複雑さや「グレーゾーン」を抱えたままでいることができず、白か黒か、善か悪か、勝ちか負けかがはっきりしないことがストレスになる。わかりやすいヒーロー、わかりやすい正義、わかりやすい喜怒哀楽。女性にとって、魂と体の双方の問題である妊娠をめぐった「グレーゾーン」を設けておくことができなくなった不寛容は、わかりやすい二大政党制であることの弊害だ。イデオロギーすら勝ちか負けかで判断されてしまった。
 

>次ページ:自己矛盾を抱えながら……アメリカが潜っていく闇
 

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