ASDの特性を「キレイゴト」にしない出来事や心理
この『平行と垂直』のもう1つの大きな特徴は、「妹の希の婚約」が物語の主軸になっていることです。前述したように兄の大貴はちゃんと自立して生活をしているのですが、それでも希の「自分が結婚して大丈夫なの?」という気持ちも伝わるでしょう。実際に大貴はしっかり希の婚約を嬉しく思っている(ように見える)のですが、“(婚約相手の両親がいる)東京に行く”という言葉から、彼女が「どこかへ行ってしまうのかもしれない」と勘違いしてパニックになったりもします。
さらに、「理解はしているつもりでも不安を隠せない正直な気持ち」を吐露する人物がいたりと、すんなりと結婚へと進めなくなってしまう心理や出来事が丹念に描かれているのです。
これらの描写は、ASDの特性を「キレイゴト」にはしない作り手の覚悟の表れでもあるのでしょう。
「言葉って難しい」「表情のほうがずっと雄弁」なこともある
また、希はカウンセラーの仕事に就いていてクライアントと言葉で真摯(しんし)に向き合う一方、寝癖をつけたまま仕事をしていて気づかなかったりと、少し大ざっぱなところもある人物に見えます。彼女を演じたのんの関西弁が板についていて、何度も率直に言ってのける性格が愛らしく見えるのも本作の大きな美点です。そうした希の言動は、大貴の仕事と日常動作での几帳面とは正反対。それこそ『平行と垂直』というタイトル通りに、2人が考えも性格も「交わらない」様も示されています。
さらに妹の婚約をきっかけにギクシャクしてしまう兄妹が、どのようにお互いを理解し、支え合い成長するのか。その過程をASDの特性に限っていない、コミュニケーションの寓話(教訓を与える物語)としてみることもできるでしょう。
実際に大貴はほとんど話すことはなく、そのためにコミュニケーションがうまくいかず誤解を生み、心ない言葉を言われてしまったりしますが、それ以上に希の言うように「表情でこそ雄弁に感情を示す」場面があることにも感動しました。
後述する通りASDに真摯に向き合う安田章大の俳優としての姿勢、さらにはASDの特性を示した一挙一動はもちろん、その表情でも多大な説得力を持たせたことを、称賛したいのです。
安田章大がいてこその映画だった
主演の安田章大は、山野海によるオリジナル脚本に強く心を動かされ、佐藤現プロデューサーに映画化を持ちかけていました(なお、山野海の友人の息子さんが、大貴のモデルになっているのだとか)。そこに小林聖太郎監督が加わり、ASDの専門家の監修を受けながら、ASDや障害のあるきょうだいに関する文献・映像資料を研究し、約2年をかけて脚本を練り上げていたそうです。さらには福祉施設でASDなど障害のある方々がアートを通して内面を表現している様子も見学しており、安田章大はそのギャラリーでお気に入りの絵を購入したりもしていたのだとか。
「普通」よりも大事にする必要があることは
その安田章大はこの『平行と垂直』について、実に的確かつ真摯なコメントをしています。一部を抜粋して紹介しましょう。まさに、劇中の大貴と希という兄妹の成長は客観的には「ほんの少し」と言える程度のこと(それでも、いやだからこそ感動的!)ですし、“普通”という言葉がいかにあいまいであるか、それでいて「何かの言動の意味に気づき受け入れる」ことの尊さも描いています。この映画、"平行と垂直"は
自閉症の大貴と定型発達の希、
そんな兄妹の微々たる成長物語であり
その2人と関わる人々が心に棲まわせる寛大、辛辣、
はたまた無関心というあらゆる本音たちと共に生きていく物語です。
(中略)
街中では誰かがこんなことを口にします。
"普通は〜..."
いったい誰が定めた普通なのでしょうか。
僕が感じるにこうです。
"誰かが言う普通は、とある誰かにとっては異常"
"誰かが言う異常は、とある誰かにとっては普通"
意見を持つことも時に大事、
しかし、
それ以上に大事にする必要があることは
"自分の中にはまだ存在してくれてなかった言動に対する受動力"
です。
(後略)
安田章大という演者であり企画者が、もっとも作品を深く理解しているからこそのコメントと言えますし、その通りの意義を実際に映画から感じ取ってほしいです。
この記事の執筆者:
ヒナタカ
映画 ガイド
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
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