映画『君のクイズ』で好みが分かれそうなのは「内省的」な後半の展開?
その上で、本作の美点でもあり、また好みが分かれそうなのは、「クイズ番組の優勝者は、なぜ問題を1文字も聞かずに正解できたのか?」という問いに対する答えが、とある「普遍的な人生訓」につながっていることです。その過程は論理的に語られており、確かな勇気と希望が持てるメッセージでもあり、個人的にはとても納得できたのですが、はっきりとした「謎解きの答え」を期待していた人にとっては、やや期待とはズレてしまうのかもしれません。また、真相が明かされてからのモノローグが多めで、ややテンポが重く感じてしまうのも欠点ではあるでしょう。
そんなわけで『君のクイズ』は「検証番組内で謎を解き明かす」というアプローチが秀逸で、シックでシャープな画、豪華俳優陣の熱演もあって見事な映像化がされた作品ながら、やや「内省的」な後半の展開は好みが分かれる、という印象でしょうか。
『ミステリー・アリーナ』は「映像化不可能」な「連続する叙述トリック」に取り組んだ
『ミステリー・アリーナ』のあらすじは、ミステリー読みのナンバーワンを競う生放送の推理クイズ番組で、6人の解答者が出題された文章を解読し、ヒントから犯人とトリックを解き明かそうとする、というもの。賞金はキャリーオーバーのために膨れ上がり、なんと100億円です。 深水黎一郎による原作小説は、「文章で書かれたことへの違和感やヒント」から推理する、あるいは「思い込み」が見識を誤らせる、いわゆる「叙述トリック」が多分にある作品でした。それは小説ならではの、映像化がそもそも不可能な「仕掛け」でもあるのです。原作者の深水黎一郎が「映像化は絶対に無理だろうと思いながら書いていた作品なので、それが実現したことに作者が一番びっくりしています」とコメントするのも当然でしょう。では、今回の映画でどのように小説の“読みながら考える面白さ”を再現したか。それは、劇中の殺人事件を記した「バイブル」と、文章が重要なアイテムや人物として視覚化される「デジャブ」という「SF的なガジェット」です。特に「デジャブ」は、解答者それぞれの解釈が「思い込みも含めて映像化される」という、大胆かつストレートにして「確かにそれしかないかも!」と納得できるアプローチがされていたのです。 その上で、感服したのはその劇中の殺人事件の映像における、カメラワークと画作りです。臨場感がありつつも、どこか「主観的」な目線に思えて、良い意味で違和感があり、「信用できない」映像に見えてくるのですから。それでいて推理の過程は実に論理的で、観客は登場人物と一緒に謎解きをしていく楽しさを味わえるでしょう。
史上最高にムカつく唐沢寿明はもとより、芦田愛菜の「バディ」の三浦透子が尊い!
さらに、映像化ならではの魅力と言えば、やはり生身の人間が演じること。この『ミステリー・アリーナ』では、「クレイジーな司会者」に実際にテレビ番組の司会の経験もある唐沢寿明を配役したことでのインパクトは強烈です。 アフロにサングラスのファンキーな見た目で、ハイテンションかつ毒舌で解答者を「煽る」様は、端的に言ってイライラする、「現実にこんな司会者が許されるはずがないだろ!」とツッコミたくもなるのですが、ここまで振り切っていれば「これはこれですごい」「史上最高にムカつく唐沢寿明だ」と感心する人も多いのではないでしょうか。さらに、実質的な主人公と言えるIQ180の天才少女を芦田愛菜が熱演していることと、なぜか彼女にしか見えない“心の友”の三浦透子との関係が見逃せません。
その心の友は原作にはいない映画オリジナルのキャラクターで、堤幸彦監督から提案されたという「おじさんっぽいべらんめえ口調」に三浦透子がめちゃくちゃハマっていて愛おしいのです。おかげで、「女性2人のバディもの」という要素がとても魅力的に仕上がっていました。 ちなみに、堤幸彦監督は優れた原作と脚本に敬意を払いつつ「私の演出的知見で太刀打ちできるのか」「風味としての“コメディ性”とミステリーの持つ“構造性”、さらに本作独自の“秘密”、それらを統合する鍵を見出せなかった」と不安を隠せないコメントをしつつも、「ある日の主演・唐沢寿明氏の一言で全てが視えた!『アフロでいんじゃない?樺山(司会者)の頭』」「なんだと? アフロ! その瞬間、全てのビジュアルが降ってきた!」と思ったのだとか。
映像化の自信が持てた理由が「唐沢寿明のアフロ」というのもどうなんだ?と思ってしまうところですが、実際にその唐沢寿明が「作品の顔」になっているのは事実。確かに映画化の一番の意義かつ、土台と言えるポイントでもありました。



