2月22日は猫の日。愛らしい仕草や気ままな行動に癒やされる一方で、「猫と暮らす」という選択には、かわいいだけでは語れない覚悟も含まれています。
「新品のソファは爪とぎになり、買ってきたおもちゃは無視される。しつけなんて、まずできない……」そんな“ままならない”日常を、「あきらめる」のではなく「愛おしむ」ためにはどうすればいいのか?
本記事では、歌人・仁尾智さんの著書『これから猫を飼う人に伝えたい11のこと』(小泉さよ イラスト/辰巳出版)より、猫に期待しすぎない心構えや、いたずらとの向き合い方、そしていつか訪れる最期の日をどう捉えるかについて抜粋してお届けします。
猫の日にあらためて考えたい、「猫と生きる」ということ。
【期待】僕が猫に“期待”しすぎない理由
僕が、猫のために、何かをしてあげることは、ない。
猫のためにしているように見えることは、実は全部自分のためだ。
我が家には、庭に迷い込んでくる猫のためのサンルームがある。寒くなってくると、外の猫が気になるため、ある年に増設したのだ。冬、外に猫が来るときには、サンルームにホットカーペットを敷いて、外猫用の寝床を作る。これで、こちらも安心して寝られる。完全に自分のためだ。
猫におもちゃや爪とぎ、おやつを買うことも同じ。僕が勝手にしていることだ。
だから、買ってきたおもちゃを不思議そうに眺めながら素通りされても、全然悲しくない。
買ってきた爪とぎを尻目に、すぐ隣のソファで爪をとぎ始めても、全然悲しくない。
美味しそうに見えたおやつに一切口をつけてくれなくても、全然悲しくない。
全部僕のために買った僕のものだから。
猫は、期待に沿わない生き物だから。
期待に沿わないところが、いいのだから。
【いたずら】「家は、でっかい爪とぎ」と思えばいい
猫はしつけられない。
トイレは、習得するまでの時間に差はあるけれど、みんなちゃんと覚えてくれる。(布団で粗相したり、縄張りの主張である「スプレー」をしたりする猫はいるが、それはまた別の話だ)
爪とぎはどうだろう。思い通りの場所でといでもらうには、工夫が必要かもしれない。ちなみに我が家は、最初から家全体を爪とぎに見立てている。ソファや壁はボロボロだけれど、気にならない。だって、この家はでっかい爪とぎなのだから。
猫にしてほしくないことがあれば、「人間が」工夫する。例えば、猫が何かを壊したら、壊されるような場所に、壊されるようなものを置いた「人間」のせい。だから、叱らない、しつけない。あきらめることだって、立派な工夫のひとつだ。強制や矯正じゃなくて共生を。
「しょうがないなぁ」と苦笑いしながら、いっぱいあきらめてほしい。あきらめるって、素敵なことだ。
これが負け惜しみかどうかなんて、もう自分では全然わからないけれど。



