先月発売された初の画集『コイモ 小熊香奈子画集』(辰巳出版)には、写生やスケッチも含め、120点ほどの作品が収録されている。
作品は、色紙サイズの小さなものから、長辺2メートルを超える大作までさまざま。自身の背丈よりはるかに大きい作品をどのように制作しているのか、小熊さんに伺った。
【この記事の前編を読む】
泥だらけで鳴いていた保護猫に、すっかり完敗。日本画家が描く“猫あるある”の愛おしさ
描き直しのできない緊張感を楽しむ
——画集に収録されている作品は全てサイズも表記されています。一番大きな作品は長辺約2メートルととても大きいですが、どのようにして描かれているのでしょうか?私の場合、日本画の制作はまずどんな構図にするかを決めたら、作品のひな形となる小下図を作ります。小下図ができたら次は大下図という作品原寸大の下図を作ります。大下図が完成したら、それをパネルに張った麻紙に転写して、いよいよ本制作が始まります。この工程を経て完成となるのですが、完成までには3カ月ほどかけています。
——いきなり大きな画面に描くのではなく、下図を丁寧に準備して取り掛かるんですね。
描き直しがしにくい画材なので制作にはすごく神経を使っています。日本画は墨、岩絵具、水干(すいひ)絵具を使って紙や絹などに描きますが、岩絵具や水干絵具はそのまま画面に塗っても定着しないので、画面へ絵具を定着させる接着剤として、膠(にかわ)を混ぜて使用します。
こういった画材の性質上、一度制作を始めると描いている途中で気に入らないところは塗りつぶりしてやり直し、ということがうまくできないので、構図の下図を練る段階から気を遣って制作をしています。
特に猫の表情、背中や手足のラインは作品の雰囲気に大きく影響するので描く時はとても緊張感があります。その緊張感がまた楽しくもあるのですが。
——大作には、コイモちゃんだけでなく草花や野菜、魚などもとても綿密に描かれています。実際にモチーフを同時に並べて描く、ということが難しいかと思いますが、構図はどのようにして決めているのでしょう?
「この絵はこんなテーマで、こんな風に描こう」と決めてから写生や下図に取り掛かるのではなく、日々描きためた大量の写生を目の前に広げて、そこから構図やテーマを探り出していく感じで制作を進めています。
写生は自分にとっての日々の足跡みたいなもので、その足跡を見つめ、自分の過ごしてきた時間を振り返って、そこから何を考えていたか、何を感じていたかをすくいあげて作品にしています。
「どこかの誰かのあの子」を描く
——画集には色紙や短冊などに描かれた、とてもコンパクトな作品も収録されています。こちらはどのようにして制作されていますか?色紙の場合は3日、短冊はできたら1週間弱で完成するのを心がけています。こちらは大作と違い、絵具を盛り上げず、墨による猫の細やかな毛描きを生かせるように気を付けて描いています。
あまり時間をかけてしまうと、その時描こうとしていたフレッシュな気持ちが弱まってしまうので、短期に集中して描くようにしています。
色紙作品と短冊作品の一部は、東京・三軒茶屋の猫本専門店「キャッツミャウブックス」さんで、3月25日(水)~4月12日(日)の期間中、原画展を開催していただきます。お近くにお住いの方は、ぜひ足を運んでいただけたらうれしいです。
——日常を描いた作品や、コイモちゃんがチョウとたわむれているような作品は30~60センチの大きさですが、こちらはどのようにして描いていますか?
制作のプロセスは大作の時と同じで大下図→転写→本制作になるのですが、こちらも色紙や短冊作品のように絵具をあまり盛り上げず、墨の線描が活かせるような感じで描いています。おおよそ1〜2週間で完成させます。
色紙や短冊より画面が大きくなり、猫以外にも食卓や洋服、畳などほかのモチーフをあしらうことができるので、シチュエーションのバリエーションが広がって楽しいです。飾った時に日常にスッとなじむような雰囲気を目指していますね。
——どの大きさの作品にも、コイモちゃんが登場して大活躍ですね。コイモちゃんの日本画のモデルとしての魅力はどこにあるんでしょうか?
コイモは猫の中ではポピュラーなキジトラ柄です。珍しい柄や色味ではありませんが、描き出すとその模様の複雑な表情、毛色の艷やかさ、色味の奥深さに魅了されます。
今回初めて画集を制作しましたが、どのページもキジトラのコイモの作品が掲載されており、ここまでキジトラまみれの画集はかなり珍しいのではないか……と思っております。
模様だけでなく、猫独特の曲線にも大きな魅力を感じています。時には丸く、時にはどこまでも伸びていく姿はどんな形のパネルにもなじみ、まさに「猫は液体」という言葉は本当だと実感させられます。
そして、コイモをモデルに作品を描いていますが、描かれた猫を見た人が自分の愛猫や記憶の中の猫を思い起こせるような、「どこかの誰かのお家のあの子」として見えてくれればいいな、とも思っています。 小熊香奈子 プロフィール
大阪府和泉市出身。現在は和歌山にアトリエを構える。大阪芸術大学大学院芸術制作研究科修士課程修了。第43回日春展奨励賞、第8回日展・第1科(日本画)特選受賞。和歌山の漁港で捕れた魚や実家で育った野菜、庭に咲いた花々など、身近なモチーフを精緻な筆致で繊細に描く。作品には愛猫・コイモが毎回登場。



