4連続不合格の“大ピンチ”から品川女子に逆転合格! 2月1日の夜、母が下した「起死回生の決断」

品川女子学院中等部に合格した親子の中学受験体験記。4回連続不合格の苦しい状況でも、娘を信じ見守り続けた母が最後に下した決断が“逆転合格”へと導きました。取材に答えた母のリアルな声を届けます。

姉の経験が好影響。それでも算数が伸び悩み、難関コースを辞める決断も

——塾はどのように決められましたか?

栄光ゼミナール目白校は、主人が卒業生でOB割があったので、まず姉が通い始めました。面倒見がよく、相談しやすい講師の方々に大変お世話になりました。妹も当然、栄光ゼミナールに早く行きたいという感じで、他塾の体験授業などは受けませんでした。

——通塾は週に何回? 何科目を受講しましたか?

小学3年生は週1回、小学4年生で週2回、小学5、6年生で週3回、通いました。教科数は、4年生から4科目を受講しました。

——塾に通い始めてから、娘さんの勉強の様子や成績に変化はどのようにありましたか?

それまではZ会の通信講座しか経験がなかったので、対面で集団授業を受けるのが楽しいと言っていました。毎週土曜の質問会と自習会にも、熱心に通っていました。講師の方も気さくに接してくださったので質問がしやすく、とてもよい環境だったと思います。

宿題含め家庭学習も、根気よく集中して勉強できるタイプなので、偏差値も順調に上がりました。そのため小学4年生のとき、自宅から最寄りの目白校ではなく難関コースのある高田馬場校に通うようになりました。

——塾の取り組みや活用法で印象的なエピソードはありますか?

目白校で行われていた毎週土曜日、無料の質問会と自習会が印象的でした。講師の方々が教え方が上手なだけでなく、雑談も面白いなど楽しい環境をつくってくださったので、小学3年生の頃から欠かさず通っていたのは実力アップにつながったと思います。

季節講習や特別講習については、多すぎると自分で勉強する時間が取れないので、主人とも相談して5年生の冬期講習などはキャンセルしましたね。ちょうどいい距離を保ちながら通えていたと思います。

——順調に成績が伸びて高田馬場校へ移られたんですね。スランプはありませんでしたか?

それが、小学5年生の半ばくらいから算数でつまずくようになって……。そのまま難関校コースを続けるのであれば算数の個別授業を受けたほうがいいと、親も塾もアドバイスしました。ですが本人に何かこだわりがあったようで、個別は嫌だと、頑として首を縦に振らなかったんです。

結果、小学5年生の秋に難関コースを辞めて、入塾当初通っていた目白校に戻りました。算数の偏差値が65を下回るようであれば、最難関校を目指すのは難しいから、近所の塾のほうが通塾の負担も少なくてよいというのが夫の判断でした。

——難関コースを辞めることについて、ご本人、そしてお母様はどのような気持ちだったのでしょう?

娘は「今さら目白校の普通コースに戻るなんてカッコ悪い、恥ずかしい」と落ち込んでいましたね。私はこれまでの娘の努力を見てきたので、このまま受験を辞めてしまうのではないかと、とにかく心配でした。

以前のように目白校にきちんと通えるか本当に心配で、あとからこっそり自転車でついて行ったこともあったくらい。当時は大変でしたが、目白校の教室長がとても親身に寄り添ってくださったので、無事に戻ることができました。こちらから連絡する前に、娘を気遣う電話をくれたり、本当にお世話になりました。

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本番へ向けて仕切り直し。娘のモチベーションを支えたのは両親の声がけと習い事
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