3:監督との「相性」が最高の理由。映画ならではの「再構成」も
個性的なキャラクターが織りなすコミュニケーションの物語『か「」く「」し「」ご「」と「』の実写映画化において、本作については「原作と監督との相性」が最高というほかありせん。その理由は、中川駿が監督・脚本を手掛けた過去2作品から分かります。短編映画『カランコエの花』では、高校のクラスで唐突に「LGBT(Q+)について」の授業によって、「クラス内に当事者がいるのでは?」という噂(うわさ)が広まっていきます。そこから「無意識下に持っていた差別意識の表出」へとつながってしまう苦しさが丹念に示されていました。
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さらに、朝井リョウの小説を原作にした長編映画『少女は卒業しない』は「廃校が決まった高校における、4人の少女たちの卒業までを描いた2日間の物語」であり、生徒それぞれが表向きには平静を保っているようで、その内面では誰にも言えない悩みや葛藤を抱えている様がつづられていました。
つまり中川駿監督は、続けて学校という「世界」で生きている若者たちを描き続けており、みずみずしく繊細な映像表現も魅力的な作家なのです。
その時点で今回の『か「」く「」し「」ご「」と「』とは相性が抜群というわけですが、本作の脚本を開発するにあたって、原作者の住野よるは原作にも描かれていない裏設定を中川監督に伝え、キャラクターそれぞれが会話に選ぶ単語の1つ1つまで、繊細かつ緻密なアドバイスを重ねていたのだとか。作家性を大切にしつつ、原作者の意向もしっかりと反映されているのです。
今回の『か「」く「」し「」ご「」と「』でも、「あるキャラクターのパートをごくわずかにする大胆な省略」がされていました。ここは、その俳優の活躍を期待する人からは否定的な意見が上がる演出なのかもしれませんが、個人的には「キャラクターの心情にも物語にもリンクする構成」として、大いに肯定したくなりました。
さらに、俳優それぞれが演技をしているようには見えない、キャラクターがこの世界で本当に「いる」と思えるというのも、中川監督の素晴らしさ。
その演出のかいもあり、この映画を見た人は、奥平大兼、出口夏希、佐野晶哉、菊池日菜子、早瀬憩の5人が“演じた”というよりも「生きた」キャラクターたち、そして胸を打つラストシーンを、きっと忘れられないでしょう。
まとめ:若者たちの背中を押してあげられるような映画に
『か「」く「」し「」ご「」と「』の原作を読んだ中川監督は、この映画でトライしようとしたことを、次のように語っています。プレス資料から引用します。「タイトルの“かくしごと”とは、“人の気持ちが見える能力”を指しているように見えて、実はそれぞれが抱えている自分の感情や心の声のことだと受け止めました。心の中で汚いことや醜いことを考えてしまう自分こそが本当の自分なのだと誤解し、決して他人には知られまいとひた隠す。大人になれば、それがその人の本質ではないとわかってくるのですが、10代の子たちは若さ故にそのことを理解できない。そのため、自分は本当にダメな人間なんじゃな いかという不安に怯えながら生きている。そんな若者たちの背中を押してあげられるような映画を作れたら、大人として価値のあることができるのではないかと考えたのが、本作のスタートでした」
まさにこの通り、“かくしごと”を心のうちに秘めて、不安を抱えていたとしても、前を向いて生きることができるかも、世界がちょっと明るく見えるかも――そんな希望を得られる作品に仕上がっていると思うのです。



