ヒナタカの雑食系映画論 第109回

都知事選を想起させる? 映画『もしも徳川家康が総理大臣になったら』の「大真面目な面白さ」を解説

2024年7月26日より劇場公開される映画『もしも徳川家康が総理大臣になったら』。「トンデモ」な内容に思われるかもしれませんが、実は「大真面目」な魅力があったことを解説しましょう。(サムネイル画像出典:(C)2024「もしも徳川家康が総理大臣になったら」製作委員会)

カリスマ性にただ溺れる、はたまた盲目的になることの危うさ

そもそも、歴史上の偉人にしても、織田信長による比叡山延暦寺焼き討ち、徳川綱吉が制定した生類憐れみの令など、彼らを英雄と単純に崇めたりするのははばかられる事実もあります。

劇中の政策も、その思い切りの良さと確かな意志があってこそ成功したといえる一方で、「たまたまうまく行った」という印象も残り続けます。それを経て、現代によみがえった歴史上の偉人たちそれぞれのカリスマ性に国民がただ「溺れる」ような危うさを示すのも、誠実な作劇であると感じました。
 

さらには、劇中で「TikTokのダンスがバズる」ことも、いい意味でとても居心地の悪いものとして描かれいたりもします。そうした本質的な政策の内容などとは違う「キャッチーさ」ばかりがもてはやされてしまう問題に、現実でも危機感を覚えた大人は多いことでしょう。それでいてSNSの全てを短絡的に否定することなく、若い人にも強烈に響く形で「盲目的になることへの危うさ」「主体的に考えることの大切さ」を示すことも、とても重要でした。

ツッコミどころもあるけど、1本の筋が通っている

ここまで本作を称賛しましたが、決して完璧な映画というわけでなく、ややノイズになってしまうツッコミどころも散見される、というのが正直なところです。

特に気になったのは、コロナ禍の最中であるのに、一般市民や記者がそうとは思えない姿や場面を見せていること。歴史上の偉人たちはホログラムで表現したAIなのでずっとノーマスクで問題ないですし、他の主要キャラクターがマスクをしないのも演技を見せるためには仕方がないと思うのですが、それにしたって見た目にも分かりやすいお祭り騒ぎに早めに転換してしまうため、「いくらなんでも訴えられたばかりの“3密”を国民が守らなすぎでは?」とツッコミも入れたくなったのです。

ネタバレになるので詳細は省きますが、終盤のスリリングな展開は確かに面白いものの、冷静に考えると「こういう状況でこういうことする必要はないよね?」と登場人物の言動の必然性に乏しいところもありました。中盤で提示される「暗号」も原作ではしっかりした説明があったのですが、映画ではやや強引さを感じてしまいました。​​​

さらに好みが分かれそうなのは、正直に言って「説教くささ」も出てしまっていること。確かに「メッセージをはっきりと言葉で言う」ことが重要な内容ともいえるのですが、「主体的に考えることの大切さ」とはややマッチしていない印象もあり、これまでの軽快なテンポもやや停滞している印象がありました。

ただ、そのメッセージが「長くなる」ことを劇中でも明言していたりもしますし、「作り手も自覚している欠点ではあるけれど、それでもあえてこの手法を選んだ」という意志も大いに伝わりました。

さらに、そこかしこにツッコミどころがある一方で、主たる物語には「本当に正しい政治や民主主義は何かと問い続ける」と言う1本の筋がしっかり通っていますし、表面上ではめちゃくちゃに思える政策にもちゃんとしたロジックが根底にあります
 
ただふざけているだけではどうでもよくなってしまいそうなところを、「真面目なところは真面目に突き通す」という作り手のアプローチのおかげで、十分な説得力が備わっていたりもするのです。

そんなわけで、大真面目に現代の政治の問題に向き合い、1本の娯楽映画としてもしっかりとしている『もしも徳川家康が総理大臣になったら』は、やはり政治エンターテインメントの新たな快作でした。原作では、映画では省かれた偉人たちの活躍もあるので、あわせて読んでみるとさらに楽しめるでしょう。

同じく武内英樹監督と徳永友一の脚本コンビの最新作、12月13日公開予定の『はたらく細胞』にも大期待しています。

この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
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