ダメ中年な主人公「あんずちゃん」が憎めない
今回の『化け猫あんずちゃん』のさらなる魅力は、「ダメな中年男性が孤独な女の子のための行動を起こす」物語が紡がれていることでしょう。 何しろ主人公の化け猫のあんずちゃんは37歳で、たまにアルバイトをするものの基本的には無職で、平気でオナラをし、バイクの無免許運転で捕まって、さらには預かっていたバイト代をパチンコで使い込んでしまう始末。いい意味で「見た目はかわいいけど、こいつダメだ!」と思わせてくれます。そんなあんずちゃんですが、地元の小学生からは慕われていたりもしますし、友達や女の子に取り憑こうとする「貧乏神」をなんとか立ち去らせようと画策したりと、一定の倫理観やまともな感覚を持っていることも分かります。「いや本当にダメだけど、こいつ憎めないなあ」とも思えてくるでしょう。 そんなあんずちゃんを「実写」で撮ったのが、この2024年に『カラオケ行こ!』が大評判となったことも記憶に新しい山下敦弘監督というのが最高の人選です。何しろ、山下監督は2013年の『もらとりあむタマ子』や2016年の『ぼくのおじさん』など、とにかく「ダメ人間」を描く名手。さらには2007年の『天然コケッコー』では「田舎の子どもたち」も魅力的に描いていたりもするのですから。
また、山下監督はいましろたかしの漫画の魅力について「どの作品も独特の正義感がある」ことを挙げており、それは山下監督が手掛けた、いましろたかし原作(作画)の映画『ハード・コア』でも、今回の『化け猫あんずちゃん』でも、もっと言えば山下監督の過去作にも通じているとも思えました。
口も素行も悪い女の子「かりん」も魅力的
もう1人の主人公であり、実は原作漫画には登場しない、映画オリジナルキャラクターである11歳の孤独な少女「かりん」もまた魅力的です。 実は、かりんはそのかわいらしい見た目に反して、言動はかなり「辛辣(しんらつ)」。田舎の小学生男子を自身のかれんさを生かして「手玉に取った」かと思いきや、せっかくの彼らのおもてなしに対して「つまんねーぞ!」と言ったり、はたまた気に入らないことがあると「蹴り」を入れたり「舌打ち」までもする、2024年のアニメ映画『トラペジウム』の主人公と同じムーブをすることに笑ってしまいました。「子どもにも見てもらうことも想定したはずのアニメ映画で、ここまで口も素行も悪い女の子が主人公で大丈夫?」と少し心配になってしまうほどでしたが、彼女は借金まみれで頼りない父を持ち、田舎にほぼ“置き去り”にされた立場であり、そのような態度、性格になってしまうことも理解できますし、後述する物語終盤の「優しさ」もあって、全体的には教育的にも真っ当な内容にもなっていました。 ダメ親父に捨てられた(と思っている)上に、さらにダメ中年のあんずちゃんにイライラを募らせていたかりんには、ちょっとずつの「変化」も訪れる。その過程で彼女の「本質的にはやっぱり良い子」な部分もしっかり見えてきたりしますし、「塾に通っていた男の子」との会話には胸が締め付けられるような切なさもありました。
そんなかりんの悲しさや苦しさを、ダメ中年だけどほんわかとしていて一定の正義感もあるあんずちゃんが、「受け止める」様も大きな魅力です。個人的には終盤のかりんからのひどい罵倒に対しての、あんずちゃんの「化け猫だから」こその納得感しかない、とある返答に大笑いしてしまいました。 また、ロトスコープのアニメのほうの監督を手掛けた久野遥子は、2015年の映画『花とアリス殺人事件』でもアニメーションディレクターを手掛けており、そちらでもいじめっ子をボコボコにしたりする気の強い女の子が主人公だったりもしました。アニメそのものの表現だけでなく、もはや傍若無人とすらいえる女の子を描くにあたっても、こちらも相性が抜群の作家だったのではないでしょうか。
ちなみに、そのかりんについて、山下監督は1993年の映画『お引越し』で田畑智子が演じた11歳の少女をイメージし、久野監督も1990年の映画『つぐみ』の主人公・つぐみ(牧瀬里穂)の性格なども重ね合わせていたとのこと。制作初期のイメージボードでも、そういった要素を踏まえて不良性のあるおかっぱ姿なかりんが描かれていたりもしたのだそうです。