3:ポップでマスコット的なキャラクターを登場させた理由
草太が椅子になるというアイデアはディズニー作品を思わせるものですし、彼らを導く猫のダイジンもいじらしくてかわいらしくて、小さなお子さんでも楽しめる作品になっているのは言うまでもありません。こうした人間の姿をしていない、ポップでマスコット的なキャラクターが登場するのも『君の名は。』『天気の子』と異なるところです。
「アニメ!アニメ!」のインタビューによると、新海監督は椅子やダイジンを登場させたことに対して、「東日本大震災という実在の悲惨な災害が根底にあるので、物語の語り口としてはコミカルで明るいものにしないと、エンターテインメントとして成立しないと思った」とも語っています。
さらに、『CUT』の同インタビューでは、「現実に起きた悲劇を、笑えるようなエンターテインメントとして扱ってはいけないという考えがあるんだとしたら、僕はそちらのほうが怖いと思うんです。たとえ何が起きたって、人間は生物として笑いながら、ご飯を食べながら、美しいという感情を持ちながら生きていくわけですから」とも語っています。
それと同時に、新海監督は「感動させるためだけに震災を扱ったと言われるような、そういう批判が溢れるものにしてはいけない、とにかく真摯に向き合って作品としての強度を高めなければいけないという覚悟はして、作り始めました」とも語っています。
新海監督は後述もする通り、東日本大震災を扱うこと、それをエンターテインメントとして描くこと自体に葛藤があり、覚悟の上でこの作品を世に送り届けていたのですが、それでも(だからこそ)「広い観客層に見てもらえる楽しい作品」にすることにも、決して手をゆるめなかったのです。
さらに、深海監督は制作がコロナ禍に入るタイミングに「理不尽に小さくて硬くて窮屈な場所に閉じ込められてしまう、そんな(コロナ禍の)感覚を草太に託すことができれば、ちょっと奇想天外な展開だったとしても、共感してくれる人がいるんじゃないか」とも考えていたのだとか。
そんなイメージも込めながらも、椅子の“アクション”や鈴芽との“バディ感”などが、やはりエンターテインメントに昇華されているのも、『すずめの戸締まり』の優れたポイントでしょう。
4:「現実の世界」で起こった東日本大震災を描いた理由
新海監督の直近の3作は、物語に災害が大きく関わっています。『君の名は。』では彗星の落下、『天気の子』では東京に雨が降り続いてしまうというものでしたが、『すずめの戸締まり』では、はっきりと東日本大震災を題材としています。「NHK福島WEB特集」のインタビューによると、浜通りに積み上げられた黒いフレコンバッグ、立ち入り禁止のバリケードなどは、新海監督が実際に福島県双葉郡をロケハンして、目にしたありのままの光景を描き込んだそうです。
これまでの「東日本大震災を連想させる架空の災害」ではなく、「現実の自分たちの世界で起こった東日本大震災」を描くというのは、新海監督にとっての1つの覚悟であり挑戦だったのは間違いありません。
そして、現実に多くの人が傷つき、亡くなった人も多くいる東日本大震災を描くことは、当事者を深く傷つけてしまう可能性があります。新海監督自身、2022年12月放送の『クローズアップ現代』(NHK)にて、「創作には暴力性がある」という重い言葉も交えて、その葛藤を語っていたこともありました。
しかし、『すずめの戸締まり』で現実の災害を描いたことこそ、大きな意義があったと思います。
今から10年以上前に起こったことなので、その後に生まれた人や、当時の記憶がない若い人に、東日本大震災にまつわる事実や人の思いを届けることも、その1つ。それ以上に「災害を理由に自分を大切にしていない人」に向き合った内容であることも重要でした。
例えば、幼い頃に母を亡くし、喪失感およびサバイバーズ・ギルトを抱えていると考えられる鈴芽は、立ち入り禁止の看板を乗り越えつつ「(死ぬのが)怖くない!」と口にしています。
草太も、教師を目指しながらも“閉じ師”の仕事をしていて、椅子になってしまったとはいえ試験をすっぽかし、芹澤に「あいつは自分の扱いが雑なんだよ」と言われたりもします。
2人は共に「自分を大切にしていない」人物であり、それは災害に見舞われたり、災害で大切な人を亡くした人が持ちうる心境なのかもしれません。
そして、劇中で鈴芽が「草太さんがいない世界が、私は怖い!」と言ったこと、草太が「もっと生きたい、死ぬのが怖い!」と願うことは、呼応しています。
そんな2人が、互いにだけではなく、自分自身にも「生きてほしい」と願うこと、それこそ成長した鈴芽が幼い頃の鈴芽に「あなたは光の中で大人になっていく」と、新海監督が過去作でも言及していた「大丈夫」に通じる言葉を「自分自身」に言ってあげること、それこそが重要だったのだと思います。
事実、新海監督は「鈴芽が『あなたは大丈夫だよ』って言えた根拠は、僕たちがいつもしているのと同じような、実感があってごく単純なもの。それさえあれば、みんななんとかすることができる。生きてさえいれば、それがこの先も生きていける根拠になる。そういう形であのメッセージを届けることができれば、自分たちが作るエンターテインメントが、震災を描いた映画である意味が成り立つと思いました」と語っています。
それは東日本大震災および、災害に見舞われた人を、確かに傷つけてしまう可能性もあると思います。しかし、それ以上に、生きている多くの人にとっての希望にもなりうる、とても優しいものだと思うのです。