1:『アイアンクロー』(4月5日より劇場公開)
鉄の爪=アイアンクローを得意技としたアメリカの伝説的なプロレスラー、フリッツ・フォン・エリックの息子兄弟の絆を描く、実話をベースとしたドラマです。出演した俳優全ての演技が素晴らしく、特に体に神がかり的な説得力を持たせたザック・エフロンがすさまじかったため、主演男優賞に彼がノミネートされなかったことに不満が続出することも当然です。
描かれるのは、単なる“スポ根もの”でも、サクセスストーリーともいえない、「呪われた一家」ともいえる運命の過酷さ。「男は強くなくてはならない」という愛情と表裏一体の価値観に取りつかれた上に、悲劇に見舞われる家族の物語はとても苦しくつらいものではありますが、それがあってこそ、深い余韻に浸れるラストに感動があります。
2:『Saltburn』(Amazonプライムビデオで配信中)
長編監督デビュー作『プロミシング・ヤング・ウーマン』でアカデミー賞の脚本賞を受賞したエメラルド・フェネルの長編第2作。自分の居場所を見つけられないさえない大学生が、裕福なアイドル的存在の青年に惹かれ、美しい屋敷で過ごす夏が描かれます。本記事で挙げた映画の中でも、最も見る人を選ぶ内容なのは間違いありません。
なぜなら、性的な話題があるだけでなく、いい意味でものすごく気持ち悪い「執着」の(それ以外でも複雑な)感情が描かれるサスペンスドラマだから。初めこそ主人公はいわゆる「陰キャ」として感情移入がしやすく思えるものの、次第に危うい感情と行動をみせ、とてつもない恐怖をも呼び起こす存在です。ラストは絶対に忘れられないほどのインパクト。主演のバリー・コーガン、ツイストと皮肉が効いた脚本、それぞれがノミネートおよび受賞をしてもおかしくなかったでしょう。
3:『ザ・キラー』(Netflixで配信中)
『ファイト・クラブ』や『ゴーン・ガール』などのデヴィッド・フィンチャー監督最新作です。あえて下世話な表現をすれば「ドジっ子なゴルゴ13」的な内容で、スナイパーの主人公は冒頭からシリアスに「仕事論」をモノローグで語ったかと思いきや、自身の言葉に似つかわしくない“大失敗”をしてしまうのです。
その後も「落とし前」をつけるために奔走する過程はどこかシュールで、もはやブラックコメディー映画の領域に。そんな変わった作風であるため、ある程度の好き嫌いは分かれるでしょうが、それでもスタイリッシュな画やクールでソリッドな雰囲気には見ほれるほどの魅力があります。「神経質な役をさせた超一級」なマイケル・ファスベンダーの「らしさ」も全開です。
ノミネートなしに不満が続出した作品はほかにも
第96回アカデミー賞でのノミネートが有力視されたものの、1部門も選出されなかった映画には『枯れ葉』『ポトフ 美食家と料理人』『ビヨンド・ユートピア 脱北』『ボーはおそれている』『AIR/エア』『異人たち』(4月19日公開)などもあります。こうしてみると、アカデミー賞受賞作だけが名作ではない、という当たり前のことを今一度思い知らされます。過去にも、『ショーシャンクの空に』『トゥルー・グリット』『アメリカン・ハッスル』『TAR/ター』など、無冠ながらも複数の部門にノミネートされていた、強い支持を得た作品はたくさんあるのですから。
アカデミー賞受賞作を優先して見ることももちろんいいですが、そうではない作品の魅力もぜひ知ってほしい……映画ファンの1人として、やはり切に願ってやみません。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。