無冠でも(だからこそ)強く推薦したい理由がある
一方で、当たり前のことですが、惜しくも受賞を逃した作品も多くあり、今回の第96回アカデミー賞でも「こっちが取ってもよかったのに!」「間違いなく接戦だった」などと、悔しさをにじませながらも受賞結果を認めつつ、それらを支持をし続ける人はたくさんいます。「無冠」という言葉自体をネガティブに捉える人もいるかもしれませんが、各部門でノミネートを果たしている時点で「ごくわずかな選ばれた」「それぞれの部門で優れた」作品でもありますし、映画ファンの1人としても、それらの作品を安易に切り捨てたりしないでほしいのです。
ここでは、第96回アカデミー賞で惜しくも無冠だったものの強い支持を得た映画3作品と、そもそもノミネートされなかったものの優れた映画3作品、計6作品を紹介しましょう。特に、4月5日より公開される、それぞれの1つ目を、劇場で見逃さないでほしいと切に願います。
1:『パスト ライブス/再会』(4月5日より劇場公開)
作品賞と脚本賞にノミネートされた、アメリカ・韓国合作の作品です。初めは12歳だった少年少女が離れ離れになり、12年後に大人になった2人はオンライン上で会話を重ねて、そして24年後に再会する……という過程で、それぞれの時代でのすれ違う気持ちや言動、もしくは「あの時にこうしていたら」という「IF」が切なくも愛おしくつづられる内容です。 派手さはないですが、だからこそ人生の深淵(しんえん)を捉えたかのような会話劇のひとつひとつが「沁みる」、俳優それぞれの心の機微を示す表情を「じっくりと見せる」内容にもなっています。離れ離れになった男女の姿を3つの時代で描き、残酷なようで人生を肯定するような優しいメッセージが内包されていることから、新海誠監督作品『秒速5センチメートル』を思い出す人も多いでしょう。 24年後には女性は結婚しており、その夫がものすごくいい人というのも重要でした。その夫と、かつて妻と両思いだったかもしれない(でも付き合ってもいなかった)男性との会話がまた優しさに満ちていて、ついつい涙腺が刺激されます。ラストは物語がこれまで積み上げていた要素が集約され、俳優の演技、画、交わされる会話など全てが「これ以上はない」と思えるほどの素晴らしさ。「他者からどう見られているか」を示す冒頭部も、振り返ってみればとても意味のあるものだと気付けるはずです。
2:『マエストロ:その音楽と愛と』(Netflixで配信中)
作品賞、主演男優賞、主演女優賞、脚本賞、撮影賞、音響賞、メイクアップ&ヘアスタイリング賞と7部門にノミネートされながら、無冠でした。世界的指揮者であり作曲家のレナード・バーンスタインの伝記映画でありつつ、焦点が当てられているのはその妻であり俳優のフェリシアとの関係。監督および主演を務めたブラッドリー・クーパーが、メイクだけでなく、その演技そのもので「生き写し」「憑依」といえるほどバーンスタインになりきっていることはもちろん、キャリー・マリガンの愛憎入り混じる感情を表出させる演技のインパクトも絶大です。
そして、バーンスタインの同性愛(バイセクシュアル)傾向、妻がいる身ながら男性と親密に振る舞う様もはっきりと描かれています。それを理由にフェリシアからの怒りを買うことは当然だと思える一方、客観的には不貞で不誠実なはずの言動でさえも、劇中では彼の「愛情」としては嘘偽りがなく思えるようにもなっています。
モノクロ映像が使われたり、ダイナミックな撮影やこだわりを感じる画が満載だったり、実在する人間の青年期から晩年までの姿を見事な特殊メイクをもって描いたりするなど、現在公開中の『オッペンハイマー』との共通点も多い内容なので、見比べてみるのもいいでしょう。どちらも万人が楽しめる分かりやすいエンターテインメントとはいえないものの、やはり歴史上の重要人物の事実だけを切り取るのではない、「人間」を描くドラマとしての意義を感じます。
3:『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』(AppleTV+で配信中)
なんと10部門にノミネートされながらも無冠に終わった『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』。特に、リリー・グラッドストーンは出演時間こそ少なめだったものの、主演女優賞受賞を推す声が多くありました。レオナルド・ディカプリオ扮(ふん)する夫に対して、妻として「ためていた」感情を表出させる様は、前述した『マエストロ その音楽と愛と』にも通じています。
こちらもまた実話ものであり、「巨大な罪(一方的な搾取と殺人事件)を加害者の側から描く」重要な作品でした。「客観的にはおかしなことを言ってるのに、なあなあで乗っかってしまった結果、さらにひどい事態が常態化してしまう」様が、ほとんど「悪い冗談」のように、ブラックコメディー的に描かれながら、現代でも決して他人事ではない事象だと思えるため、ホラーのようにゾッとさせられます。
なお、マーティン・スコセッシ監督はアカデミー賞の受賞に恵まれないとよくいわれており、10部門にノミネートされながらも無冠だったのは『ギャング・オブ・ニューヨーク』と『アイリッシュマン』に続き3回目。とはいえ、監督賞では過去に10回と最も多くノミネートされた監督となりましたし、2006年の『ディパーテッド』では実際に監督賞を(作品賞も含み4部門も)受賞しています。それ以前にどれだけ「無冠の帝王」といわれようとも、それぞれの作品の価値は全く揺るがないでしょう。
無冠に不満が続出した作品はほかにも
ほかにも、3部門ノミネートの『ナポレオン』、2部門ノミネートの『ザ・クリエイター/創造者』『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE』『ナイアド 〜その決意は海を越える〜』『雪山の絆』も無冠でした。ダニエル・ブルックスが助演女優賞にノミネートされた『カラーパープル』も無冠でしたが、同じ原作を扱ったスティーブン・スピルバーグ監督による1985年の同名映画も、当時10部門にノミネートされたものの1つも受賞せず、「無冠の名作」とも語られています。
さらに、『バービー』は8部門にノミネートされた(うち2部門は歌曲賞のWノミネート)ものの、 受賞は歌曲賞のビリー・アイリッシュの『What Was I Made For?』の1つのみ。グレタ・ガーウィグが監督賞、マーゴット・ロビーが主演女優賞にノミネートされなかったことへの批判も相次ぎました。それぞれのノミネートおよび受賞が確実視されていた理由は、本編を見ればきっと分かると思います。
さらに、ここからは、そもそも全ての部門で「ノミネートなし」であることに映画ファンからの不満が続出していた(ともすれば各部門の受賞さえも有力視されていた)、だからこそ推薦したい3作品を紹介しましょう。