1:原恵一監督らしい「細やかな演出」が冴え渡った作品
『かがみの孤城』の監督は、クレヨンしんちゃん映画、特に『嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』と『嵐を呼ぶ アッパレ!戦国大合戦』が絶賛された原恵一。その名前を、まずは覚えていただきたいです。原監督は『河童のクゥと夏休み』や『カラフル』といった、少年少女の心の揺れ動きを丁寧かつ繊細に描いた作品も手掛けており、それらの物語の精神性や、細やかなアニメの演出が、今回の『かがみの孤城』でも受け継がれています。
2022年公開のアニメ映画は、『すずめの戸締まり』のきらびやかな描写の数々、『THE FIRST SLAM DUNK』の革新的な表現も話題になりましたが、アニメ表現の目指すものは、それら以外にもあるのだと、この『かがみの孤城』で思い知らされたのです。
いい意味で全く派手ではない、「抑えて」いながらも「緻密に作られた」演出の数々に、ハッと気付かされることがあります。それらは、原作とは異なる映画独自のものであるとともに、キャラクターの心理や、原作の尊いメッセージを示していました(詳しくは後述します)。
2:いじめを簡単には解決させない、だけど映画の力を信じている
『かがみの孤城』は、劇中の「学校に行けなくなった理由がある」少年少女たちと同世代の、中学生ごろの若い人に届いてほしいと心から願える作品です。ここまで子どもに真剣に寄り添い、それでいて安易な解決にも頼らない作品は、なかなかないと思えるからです。それを裏付ける言葉を、原恵一監督は舞台あいさつで述べています。本作へのネガティブな意見の中に「いじめの問題が解決されていない」という声があることを受けて、このように返したのです。
「いじめの問題って、そんなに簡単に解決する問題じゃない」
「でも、いじめはなくならないと、放り投げたつもりもない」
「(主人公の)こころは最悪な状態からファンタジーの力を借りて、それまでとは違うこころになれた。現実の学校でも、そういうことは可能だと思う」
さらに、2023年のフランスのアヌシー国際アニメーション映画祭の上映で、原監督は「昨年、日本では514人の子どもたちが自ら命を絶ちました」と痛ましい事実を告げた後にこうスピーチをしました。
「私はメンターではなく、ただの映画監督です。でも、私は映画の力を信じています。映画には人の人生を変える力があります」
「子どもたちへ。君たちはこのばかげた世界で生きています。でも、どうか恐れないで。君たちはひとりじゃない」
これらの言葉の1つ1つが、映画を見終えた後だと、より真に迫ってくるでしょう。今まさに、いじめや心の問題を抱えている子どもたちに(かつて子どもだった大人にも)、このメッセージと作品が届くのであれば、きっと希望になると思えるのです。
さて、ここからは原監督だからこその、注目してほしい演出を記していきます。いずれも、 原作とは異なる表現が特徴的です。本編のネタバレを大いに含んでいるので、観賞後にお読みください。