ヒナタカの雑食系映画論 第56回

『屋根裏のラジャー』が「ジブリの先」に到達した理由。ポノックによる「新しいアニメ表現」への意欲作

2023年12月15日より劇場公開となる『屋根裏のラジャー』が、スタジオジブリの血を引きつつも、新しい時代のアニメ映画になった理由を解説します。※画像出典:(C) 2023 Ponoc

『メアリと魔女の花』はジブリらしさを感じさせるも賛否両論に

ポノックの長編第1作『メアリと魔女の花』に参加したスタッフの約8割はジブリ作品に関わった経験がありました。実際の本編からも「正統派ファンタジー」の物語や「液体状のドロドロした」アニメ表現などから、「ジブリらしさ」を大いに感じられるでしょう。

その舞台である魔法学校は、ジブリまたはアニメ制作会社のメタファーとして見ることもできます。「ジブリらしさに囚われているが、それでも自分たちの力で道を開こうとするクリエイターの挑戦」と、メタフィクション的な物語の見かたも可能でしょう。
 
その『メアリと魔女の花』は日本で32.9億円の興行収入を記録するヒットとなり、150の国と地域で公開されましたが、日本での評価は賛否両論でした。まさに「昔のジブリらしい直球のファンタジーが戻ってきた」など好意的な意見がある一方で、「今までのジブリ作品のつぎはぎ」「鑑賞後に何の感情も湧かなかった」など、オリジナリティーの欠如や物語の高揚感の乏しさを指摘する、手厳しい意見もあったのです。

続く2018年公開のオムニバス作品『ちいさな英雄-カニとタマゴと透明人間-』は(短編集であり長編映画との単純比較はできませんが)豊かなアニメ表現に挑戦した確かな意義があり、高い評価を得た反面、日本での劇場公開時の興行成績は苦戦していました。
 

2021年7月にはオリンピック文化遺産財団提供芸術記念作品とした短編『Tomorrow’s Leaves』も発表されました。
 
そして、『メアリと魔女の花』から数えて6年の月日が経過しての今回の長編第2作『屋根裏のラジャー』で、ポノックは「正念場」を迎えたといっていいでしょう。

前述したように1年半の公開延期もあり、作り終える前にポノックはスタジオの倒産まで見えてくるほど危機的状況に追い込まれていたこともあったそう。ここで、ポノックの力を結集した、多くの人が楽しめる、完成度の高い作品を世に送り出すことは不可欠だったはずです。

「光と影」もある新しいアニメの表現への挑戦

そして、「ポノックの力を結集した、多くの人が楽しめる、完成度の高い作品を世に送り出すこと」は、まさに『屋根裏のラジャー』で見事に成し遂げていました。何より、ジブリらしさをよくも悪くも感じた『メアリと魔女の花』から、完全に「ポノックによる新しい時代のアニメ」へと進化したことを称賛したいのです。
 
その理由の筆頭は、アニメとしての質感です。フランスのデジタル技術およびクリエイターとのコラボレーションにより実現した、レンブラントやフェルメールといった画家のタッチも連想させる「光と影」を意識した画作りは、ジブリ作品に親しんだ人にも新鮮に映るでしょう。
屋根裏のラジャー
(C) 2023 Ponoc
さらに、基本的には2Dのアニメでありながらも、アニメの世界が立体的に「そこにある」と思わせる、躍動感にあふれる描写の数々に圧倒されました。その「奥行き」表現そのものはジブリ作品にもあった大きな魅力。この『屋根裏のラジャー』では、緻密かつ大胆に作り上げられたアニメで「子どもの想像力」を見せる冒頭部から、まばたきするのも惜しいほどの感動がありました。
屋根裏のラジャー
(C) 2023 Ponoc
その土台となるクオリティはジブリで経験を積んだ、世界最高峰のスタッフがいてこそのもの。『火垂るの墓』や『平成狸合戦ぽんぽこ』など高畑勲監督作品で重要な仕事を担った百瀬義行監督を筆頭に、作画監督は『かぐや姫の物語』の小西賢一、美術監督は『この世界の片隅に』の林孝輔、さらに背景美術はジブリの美術スタッフが中心になって設立した「でほぎゃらりー」が参加。それぞれがさらに新しい表現に挑み、成功させたのです。
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ピクサー作品『インサイド・ヘッド』との共通点
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