ヒナタカの雑食系映画論 第25回

是枝監督作品の子役演技はなぜ「自然」なのか。映画『怪物』だけではない、徹底された“演出の妙”に迫る

『怪物』をはじめとした是枝裕和監督作品の「子役の自然な演技」「現実そのままの子どもの姿」はどのように引き出されたのか。『怪物』に至るまでどのような試行錯誤をしてきていたのかを解説します。(C)2023「怪物」製作委員会

大人にも、子どもと同様の演出をすることも

今回の『怪物』に限らず、是枝監督は子どもへの演出について「1つの方法論は通用しない」と考えてもいます。ひと口に「セリフを口頭で伝える」と言っても、実際は子どもの資質に合わせて伝え方を試行錯誤しており、「そこが難しくて面白い」とも語っていたこともありました。
 
(C)2023「怪物」製作委員会

さらに、是枝監督の柔軟さがうかがい知れる、2004年公開の『誰も知らない』のエピソードもあります。こちらも、柳楽優弥を筆頭とする子どもの自然な姿が印象的な作品でしたが、ネグレクトをする母親を演じたYOUにも子どもと同じく台本を渡さず口頭でセリフを伝えていたそうです。

その理由は、YOU自身が本格的な映画出演は初めてで「セリフ覚えたりするの嫌いなんですよね」と言っていたこともあったようですが、「子どものような大人」の役だからこそ、是枝監督がそのような演出を選んだとも考えられます。
 

2015年の『海街diary』では、中学を卒業したばかりで15歳だった(1年がかりで撮ったため撮影途中で16歳になる)広瀬すずに、大人と同じく事前に台本を読むか、それとも口頭で伝えるかの両方を試したそうです。結果、どちらもできたものの、最終的に本人に選ばせたら後者に決めたのだとか。同作の広瀬すずが自然体でみずみずしい魅力を放ち続けているのも、そのためなのかもしれません。
 

総じて、是枝監督は俳優にベストのパフォーマンスを発揮させるため、常にできることを模索してきているとも言えるでしょう。それは、「大人だからこうする」「子どもだからこうする」という単純なものではなく、俳優それぞれの資質をよく観察し、本人に合った演出を柔軟に考えているからこそのものだと思うのです。
 
(C)2023「怪物」製作委員会

『怪物』の子役演出も同様に、大人の役者と同じように「台本を読んでから演技をしてもらう」演出方法へと急に切り替えたというよりは、“子どもの資質を最大限に生かすために柔軟に対応した”と言う方が適切でしょう。
 

『怪物』の後にぜひ見てほしい是枝監督作

『怪物』を鑑賞したら、是枝監督の子役演出のうまさを再認識するためにぜひ見てほしい映画があります。それは、2011年公開の『奇跡』。是枝監督作の中ではあまり目立たない印象もありますが、個人的にはその中で1、2位を争うほど好きな作品です。
 

劇中では、じゃんけん遊びの一種「ブルドッグ」でつねられた方の子が「“ばりくそ”痛い~!」と言う場面があるなど、やはり(当時の)子どもの現実そのままの姿にほっこりとします。日常描写で登場人物たちに感情移入をさせてから、後半の『スタンド・バイ・ミー』を思わせる子どもたちの冒険にもワクワクできるようになっています。

『怪物』の子ども2人の旅路は危うく切ないものでしたが、『奇跡』の子どもたちの冒険は(こちらも危なくはあるけれど)ほほ笑ましく、それ以上に「子どもが駆け抜けていく自由な世界」に思いをはせることができるでしょう。それでいて、「子どもは大人に想像し得ないことを考えている」という学びが得られる点は、両者で共通しています。

『奇跡』では、現在も俳優として活躍する前田航基と前田旺志郎のほか、共に俳優デビューとなった橋本環奈と平祐奈のかわいらしい姿も見られますよ。


『怪物』6月2日(金)全国ロードショー
配給:東宝 ギャガ
(C)2023「怪物」製作委員会


この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「日刊サイゾー」「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の魅力だけでなく、映画興行全体の傾向や宣伝手法の分析など、多角的な視点から映画について考察する。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。


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<参考>
是枝裕和監督が語る『海街diary』四姉妹の個性 (※1)
『怪物』秘密基地は「銀河鉄道の夜」をイメージ!是枝監督の想像を超えた名シーン秘話(※2)
書籍『歩くような速さで』 (ポプラ社)是枝裕和著
『アフター6ジャンクション』(TBSラジオ)2018年6月20日放送回「是枝裕和監督に聞く!子役の演出がうまい映画はコレだ特集」
 
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