『怪物』で、これまでと異なる演出に切り替えた理由
『怪物』が他の是枝監督作と異なるのは、是枝監督自身が脚本を手掛けていないこと。他人の脚本による映画でメガホンを取るのは、長編映画デビュー作である1995年の『幻の光』以来です。そのため“差し込み”はさほど入っておらず、最終的にセリフや動きを現場で多少は加えたものの、その箇所も脚本を手掛けた坂元裕二に事前に確認を取って了承を得ていたのだとか。さらに、セリフの言い回しもこれまでの自身の監督作とは違い、役柄も単純ではないことから、是枝監督は子どもたちへのアプローチの仕方を変える必要性を感じていたそうです。
かつ是枝監督は、『怪物』の子役である黒川想矢と柊木陽太に、オーディションにてロ伝えでセリフを言ってもらうやり方を試してはみたものの、台本を読み芝居をしてもらった方がやりやすそうだと感じていて、2人もその方がいいと即答したのだとか。
これまでは子どもにセリフを口頭で伝えていた是枝監督でしたが、今回は坂元裕二の脚本があることに加えて、子どもの資質に合わせ、台本を読んでから演技をしてもらう“正攻法”とも言える演出のスタイルに切り替えていたのです。
『怪物』に見る、『銀河鉄道の夜』からのインスパイア
『怪物』終盤での「廃車になった電車の秘密基地」での子ども2人のやりとり、その美しさが印象に残っている人も多いでしょう。その電車の中での会話は、黒川想矢と柊木陽太がカットを重ねるごとに異なる芝居をしてくるために、是枝監督も楽しんで撮影したそうです。さらに、日の光も変わってくる中で、立ったまましゃべる、座ったままなど、いろいろなパターンを撮ったのだとか。2人がまるで発光している、「まぶしい」ようにさえ見えるのは、その工夫を重ねた多くのテイクの中で最高のカットを選び取ったおかげでしょう。
ちなみに、是枝監督は、完成した『怪物』の脚本を読んだ際に宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を連想し、黒川想矢と柊木陽太の出演が決まった時に「読んでね」と話していたのだとか。さらに、2人は美術スタッフの手を借りつつ、実際に電車内の飾り付けも作っていたそうで、是枝監督は「美術を一緒に手伝うと空間に対する思い入れが変わってくるんです」とも語っています。
終盤の2人の精神的な結びつきが、切なくも危うくも美しく思えたのは、『銀河鉄道の夜』の登場人物であるジョバンニ、カムパネルラをそれぞれが強く意識していたことや、その空間を2人が実際に“作った”ことによる思い入れも、大きく作用していたのかもしれません。
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