最も近いのは村上春樹の小説の手法か
映画ではなく小説ですが、村上春樹の作品は『1Q84』『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』『騎士団長殺し』と、続けて「宣伝をしない宣伝」手法が取られています。明かされるのはタイトルと発売時期だけで、内容もあらすじもいっさい知らせることなく、(村上春樹という)圧倒的な知名度を誇る作家名を生かして、新作への期待を大きくする宣伝のスタンスは、今回の『君たちはどう生きるか』と完全に符号しています。
村上春樹作品は、いくつかの書店で書籍を積み上げる「タワー」も作られ、熱心なファンが書店に殺到する様がテレビやネットなどのメディアで報じられたことも大きな宣伝になったと考えられます。『君たちはどう生きるか』も、公開日当日かその翌日ごろに、劇場へ駆け付けたスタジオジブリや宮崎駿監督の熱狂的なファンによる声が話題になるのかもしれません。
スタジオジブリの直近2作は興行的に大苦戦
懸念されるのは、スタジオジブリというブランドをもってしても、興行的に大苦戦した作品が直近で続いていることです。2016年公開の『レッドタートル ある島の物語』は、スタジオジブリにとって初の国外との共同製作による作品で、宣伝と呼べるのは「予告編」「トークショー開催」などと限定的。本編はセリフなしのサイレント劇のため、声の出演者によるプロモーションもできませんでした。
2016年は『君の名は。』『聲の形』『この世界の片隅に』とアニメ映画の大ヒットが話題になりましたが、この『レッドタートル ある島の物語』は日本国内での興行収入はわずか約9400万円となってしまったのです。
2021年公開の『劇場版 アーヤと魔女』は、予告編などで「ジブリ推し」をしていたのにも関わらず、日本国内での興行収入は約3億円にとどまりました。その前年の2020年末にはすでにテレビ放送されていて、その時点であまり評判がよくなかったこと、ジブリらしからぬ3DCGアニメだったことなど複数の事情もあるとはいえ、スタジオジブリのブランド力だけでは成功できない例をはっきりと作ってしまったともいえるでしょう。
宮崎駿監督作『風立ちぬ』は大ヒットしたけど、万人向けではない?
しかしながら、その前のスタジオジブリ作品かつ宮崎駿監督作である2013年公開の『風立ちぬ』の興行収入はなんと120.2億円という大ヒット。こちらは主題歌の『ひこうき雲』が流れる4分間の予告映像の求心力も高かったといえます。『風立ちぬ』の内容といえば、第二次世界大戦時の飛行機の設計家の姿を追う、おおよそ万人向けの作品とは言い難い、少なくとも未就学児ごろのお子さん向けではない内容でした。ある意味では宮崎駿監督は前述した村上春樹のように、新作が大衆に広く開かれている内容とは言えないのに、国民的な作家としてさらに大ヒットを呼ぶようにもなった、とも言えるでしょう。
そして、今回の『君たちはどう生きるか』は「冒険活劇ファンタジー」であるとは銘打たれているとはいえ、果たして子どもから大人まで楽しめる広く開かれた作品なのかどうか……。映像もあらすじも明かされていないので、その判断材料すらありません。
それ以前の宮崎駿監督作が幅広い年代から絶大な支持を得ていても、『風立ちぬ』の内容にはあまりピンと来ない人も多かった、ともすれば「不安」が大きい中、宮崎駿という圧倒的なブランド力、事実上はその最後の映画作品であっても、果たして多くの人が見に行くだろうか、という不安もあります。
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