8度の「倒産」を糧に成長してきた? アルゼンチン経済とワインの奇妙な関係

過去8度のデフォルト(債務不履行)を経験したアルゼンチンにおける経済とワインの奇妙な関係について、ワインプロモーター・別府岳則氏に話を聞きました。

アルゼンチン経済とワインの奇妙な関係

先述したように、国が倒産したらほとんどの人が絶望的な気持ちになるでしょうし、輸入ビジネスをしている筆者も想像したくありません。
 

ところが、アルゼンチンワインはデフォルトなどの経済危機を通じて“成長する”という奇妙な運命をたどってきました。どういうことでしょうか?
 

特にワイン産業への影響が大きかったのは、最大規模のデフォルトと言われる2001年のデフォルトです。1980年代から世界規模の経済不況が世の中を覆い、1989年にはアルゼンチンも国内債務不履行に陥ります。
 

そうなってくると、アルゼンチン・ペソの価値は暴落し、逆に外国資本が参入しやすい状況に。実際、1980年代末から1990年代にかけて、高い技術と豊富な知識を持つワインメーカーとして知られる「クロス・デ・ロス・シエテ(=Clos de los Siete)」のミッシェル・ロラン(フランス)、「ヴィーニャ・コボス(=Vina Cobos)」のポール・ホブス(アメリカ)、「アルトス・ラス・オルミガス(=Altos Las Hormigas)」のアルベルト・アントニーニ(イタリア)らが次々にアルゼンチンでワイナリーを起ち上げました。
 

さらに2001年のデフォルトによってアルゼンチン・ペソの暴落が決定的となると、安く仕入れることができるためアメリカ市場におけるアルゼンチンワイン需要が一気に高まり、当時アメリカで人気だったフルボディタイプの赤ワインとして多くの「マルベック」が輸出されていきました。
 

ワインを少しかじったことのある人なら、アルゼンチンワインといえばマルベックという印象を持っている人も多いかもしれません。しかし、アルゼンチンにおけるマルベックは、初めて苗木が持ち込まれた1853年から長らく人気の高いものではありませんでした。2000年代のアメリカ市場への輸出をきっかけに、今日でもアルゼンチンで最も生産される赤ワインへと変ぼうしていったという歴史があります。
 

つまり、デフォルトなど経済危機に端を発するアルゼンチン・ペソ安を受けて、アルゼンチンワイン産業では、外国資本の流入と海外需要が喚起され、量・質ともに大きく向上するきっかけになったのです。
 

ブドウ醸造に関する国の研究機関・INV(Instituto Nacional de Vitivinicultura)のデータ(※2)を見てみても、1980年から2000年の20年間でアルゼンチンのファインワイン生産量は2倍以上に増えています。
 

アルゼンチンワインの質的な変化

最後に、アルゼンチンワインの質的な変化についても触れましょう。
 

2000年代にアメリカ市場におけるアルゼンチン・マルベックの需要は増加し、この当時は「濃くて重い」ワインが好まれ、大量に生産されましたが、近年ではその傾向も変わりつつあります。
 

これには世界的なトレンドの変化、メンドーサ州とチリの自然国境となっているアンデス山脈の高い標高の地域に畑が広がってきていること、外国資本によるエレガントなタイプのワイン造りの普及など、さまざまな要因が関係しあっているようです。
 

先述のマルベック品種も、一昔前までは「濃くて重い」ワインの代表格でしたが、近年ではイタリア系移民が創設した「アルトス・ラス・オルミガス」をはじめ、赤ワインであっても重すぎない軽やかな造りに変わってきているようです。
 

経済や政治がワインに与える影響は意外なほど大きなものですが、アルゼンチンワインもまた、8度のデフォルトという数奇な国の運命を糧として成長してきた面白いカテゴリーなのです。

※1:中銀、外国人観光客のクレジットカード払い適用レートを優遇(日本貿易振興機構)
※2:アルゼンチンのファインワイン生産量(INV)

>次のページ:アルゼンチンワインは世界何位?

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