スパイは今も日本で活動している
日本は、国としてもきちんと対策をすべきだ。参考になるのは、アメリカが最近まで実施していた対中国スパイ対策の1つだ。アメリカでは長く中国のスパイ工作で、機密情報から企業の知的財産、大学や研究所の情報などを大量に奪われてきた。それを摘発するために、FBIを傘下に置く米司法省の安全保障部が、2018年に「チャイナ・イニシアチブ」というキャンペーンを開始している。
チャイナ・イニシアチブは全米規模で、中国政府による企業や大学などからの情報搾取に対する捜査だけでなく、大学や科学者などを狙った中国政府の工作を防ぐ目的を掲げた。
そしてイニシアチブを推し進めるために8人の連邦検事から成る委員会を設置。エネルギー分野を狙った中国のスパイ工作が頻発しているテキサス州、世界的な有名大学がいくつもあるマサチューセッツ州、シリコンバレーなどでハイテク技術が狙われているカリフォルニア州、研究機関が多いニューヨーク州と、重要な地域から検事が選ばれていた。さらにFBIの幹部も加わっていた。
さらに啓蒙(けいもう)活動も行った。FBIは「国内セキュリティ同盟委員会」という会合を行い、フォーチュン500の企業の担当者らに中国の脅威を伝える会議を開催したり、首都ワシントンで「アカデミア・サミット」を行って大学関係者などへの啓蒙イベントを繰り返し行っていた。
ただチャイナイニシアチブは2022年2月に中国を狙い撃ちにしているとして人権団体などから「偏見を助長する」と批判され、懸念国の対象を広げる形で見直しすることになった。
とはいえ、この試みは効果的だろう。日本も政府や企業、大学など関係者にスパイはすぐそばにいて、いつ狙われてもおかしくないことを実感してもらう必要がある。そのための啓蒙活動は不可欠だ。
さらに日本には、スパイ行為を摘発するスパイ防止法なども必要になる。それが日本のことを甘く見ている懸念国のスパイたちへの抑止力になるだろう。スパイ行為は、何も機密情報や知的財産を盗むだけではない。政界や業界団体などにも入り込んで、政策や方針の決定に干渉しようとするケースも考えられるので、スパイ行為そのものを摘発できるようにすべきだ。
ここで見てきたケースは氷山の一角であると言っていいだろう。そして懸念国はロシアだけではない。中国も活動を活発させているし、北朝鮮もいる。長年言われ続けているが、スパイ防止法なども含め、できるだけ早く対策に乗り出さなければいけない。さもないと、政府から最近よく聞かれるようになっている日本の経済安全保障も守れない。スパイは今も日本で活動していることを肝に銘じるべきだ。
山田敏弘プロフィール
ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。
国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)。近著に『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)がある。
Twitter: @yamadajour、公式YouTube「SPYチャンネル」
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