2:世界が破綻寸前でも「日常は持続可能」な世界が示したもの
本作で注目して欲しいのは、ほかのSF映画とは一線を画す世界観です。例えば、イリスがいる2075年の地球では、暴風雨や山火事が頻発しているため、一軒家それぞれにガラスのドームがかぶせられています。そして、人々はそのドーム内でバーベキューをしたり、庭の手入れをしたりと、「気候災害が深刻化しても平常通りの日常」を続けているのです。
アルコの家族は虹色のマントをまとい、光と水分を操ることで時空を旅し、過去の時代から植物や種子を持ち帰っては空中庭園のような住まいに植えて、失われた地球の多様性を少しずつ取り戻そうとしている……という仕事をしているようです。
特にイリスのいる世界はコロナ禍の不安でいっぱいではあるけれど、それでもなんとか日常は持続可能だった、という経験をした現代人こそが「リアル」に感じられるのではないでしょうか。
なぜこのような世界観になったのか。その意志が分かるウーゴ・ビアンヴニュ監督の言葉を、プレス資料から引用しておきましょう。
この言葉通り、「問題はあるけれど希望のある未来」を「持続可能な世界」から提示した作り手の意図を、劇中の描写から感じ取ってほしいのです。SFというジャンルでは、まるで預言のごとくディストピアを描いた作品がたくさんありました。メディアの形を問わず、あらゆる世代の作家や監督たちがネガティブな世界を好んで描いて来たのです。死にゆく世界、生き延びることがほとんど不可能な未来――そんな設定が繰り返し提示されて来たのです。
私たちが生きている現代は、不確かで、複雑で、息苦しさすら感じる。そんな現代の延長に悪い未来を描き続けた結果、実際にその一部は現実化してしまっています。こんな顛末を誰が望んでいたでしょう。こんな循環が続いて良いとは思いません。作者は良い未来世界を想像して、世界の人々に見せる役目を果たすべきだと私は思います。
悪い未来像は安易に想像しやすいのですが、私はその逆である「希望」を与えてくれる物語を求めたのです。実現可能で、望ましく、心地よく生きられる未来。「明日」ではなく、「明後日」を想像することへと私たちを導いてくれるような良い未来像を創造し、子供たちにそれを見せる方がよほど意味があります。
3:「背伸び」をする少年少女の気持ちに寄り添っている
前述したように本作では子どもたちの冒険と友情が物語の中心にあり、アルコとイリスの心理が部分的に一致している(あるいは正反対である)ことにも、ぜひ注目してほしいです。
その大胆な行動が深刻な事態を巻き起こしてしまうのですが、それでも本作の物語は子どもの純粋な願いを否定せず、それどころか尊いものとして肯定しています。予想だにしないクライマックスの展開で、そのことははっきり伝わるでしょう。
子どもの気持ちに寄り添う、かつての子どもだった大人が見てこその感動もある本作を、ぜひ劇場で見届けてください。
この記事の執筆者:
ヒナタカ
映画 ガイド
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「マグミクス」「NiEW(ニュー)」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
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