
「野球部が暗黙のルールで坊主にするため、野球部への入部を諦めた」「校則ではロングヘアがOKだったが、顧問にロングヘアにするなら部活をやめろと言われ、そこから全くやる気がなくなり部活をやめた」などという声が挙がっている。
全国高校駅伝に9年連続30回の出場を誇る強豪・青森山田高校の男子陸上部にも、かつて「部員は丸刈りで走る」という伝統があった。
しかし、今から8年前、陸上部を率いる河野仁志監督は、「髪型の自由化」に踏み切る。はたして、その決断の背景には何があったのか。そして、長年の伝統を壊した結果、どんなポジティブな効果が生まれ、また一方でどんな問題に直面したのか。
自身も青森山田のOBで、卒業後は大学駅伝の名門・駒澤大学に進学。指導者として母校に戻ると、女子陸上部のコーチを経て、2013年から男子陸上部の監督を務める河野監督に話を聞いた。

伝統の「丸刈り」を撤廃、その理由
──男子陸上部の監督に就任されて、今年で12年目。就任当時は「丸刈り」が部のルールだったんですよね?「そうですね。定年退職された前監督のやり方を引き継いだので、全員坊主でした」
──その伝統的なルールを、今から8年前に撤廃されます。何かきっかけがあったんですか?
「スカウトの際に、『坊主が嫌だから』と言って入部を断られるケースが多くなってしまったことが、やはり一番大きかったですね。その年は、スカウトした青森県内の中学生が全員、それを理由に断ってきましたから。秋田県や北海道にまで足を延ばして、なんとか県外の選手を5、6人確保したんですが、これが毎年続いたら大変だなって。だからその年で丸刈りはやめようと決めました」
──「ブラック校則」といった言葉もありますが、やはり時代の流れもあったのでしょうか。
「そう思います。丸刈りルール撤廃後にうちに来た生徒の中には、『坊主だったら青森山田には来ませんでした』ってはっきり言う子もいますからね(苦笑)。実際、全国高校駅伝に出てくるような高校で坊主にしているところって、もう数えるくらいなんです」
──なるほど。ただ、丸刈りが嫌でその高校を選ばないって、結局それまでの選手なんじゃないかって思いませんか? 髪型を気にしたり、美容院に行ったりする時間があったら、その分走れよ、とはなりませんか?
「別に坊主にしたからって足が速くなるわけでもありませんからね(笑)。箱根駅伝に出ている優秀な大学生ランナーが、みんな丸刈りっていうわけでもありませんし。そこは断る理由であってもいいのかなと思います。
それに駅伝は、野球やサッカーと違って華やかなスポーツではありませんからね。大学の箱根駅伝ならまだしも、基本的には毎日ひたすら長い距離をたくさん走って……という地味なスポーツなので、わざわざ坊主にしてまで、そんなきつい部活に入る必要があるのかっていう考え方はあるんじゃないですか」
時代の変化と監督の考え
──時代の変化とともに、監督自身の考え方が変わっていったところもあるんですか?「いえ、実は私が高校生の頃は髪型が自由だったんです。普通に髪も伸ばしていましたし、逆に丸刈りにした経験もなくて。ですから、丸刈りルールにそこまでこだわっていたわけでもなかったんです。
ただ、自分が監督になったからって、すぐに前の監督のやり方を変えるのはどうなのかなと。でも、最終的な決め手はやはり、リクルーティングのところですよね」
──監督自身も青森山田の陸上部出身で、進学された駒澤大学でも厳しい指導を受けてこられたと思います。強くなるにはそういった厳格なルールも必要だとは思いませんか?
「もちろん全国大会で勝ちたいとか、高い目標を掲げているならなおさら、ある程度のルールは必要です。髪型を自由にしたら、うちに限らず奇抜な髪型にしてくる生徒はどうしても一定数出てくるんですね。そういう子に限って、問題行動を起こしたりする。
髪型で全てを判断するわけではありませんが、われわれも『これ以上変な髪型をしてきたら競技に影響するよ』っていうことは伝えて、きちんと線引きはするようにしています」
──自由をはき違えてしまう生徒もいるんですね。
「それが一番怖かったし、難しかったですね。自由だからといって何でも認めてしまうと際限がなくなりますし」
──これ以上はダメだよ、というラインはあるんですか?
「明確なラインはありませんが、周囲に不快感を与えない髪型かどうかは大事ですね。野球でもサッカーでもそうですが、全国大会ともなればテレビに映るじゃないですか。ですから、『全国の人に見られているんだよ』っていうことは生徒に伝えるようにしています。
青森山田の場合、野球部もサッカー部も髪型を自由にしているんですが、勝っても負けても試合が終わった後、よく学校に電話がかかってくるんです。『あの生徒の髪型がだらしない』って(笑)」
──プロのアスリートには、大胆な髪型やファッションで注目を集める選手がいますが、学生アスリートにはそこまではさせない?
「プロって結局、自己責任ですからね。どういう髪型にしようが、どういうスタイルで行こうが、結果を残せば勝ちみたいなところはあると思います。
ただ、まだ大人になり切れていない高校生に、結果に対してそこまで責任を負わせることはできませんし、自由は与えるけれど、これから社会に出て行く上で身に付けなくてはならないルールというものは、われわれが教えていかなくちゃいけないと思っています」