監督は、米津玄師やサカナクションのMVも手掛けていた
2007年に公開されたアニメ映画『秒速5センチメートル』は根強い人気を誇っており、後に『君の名は。』で国民的作家となる新海誠監督の「センチメンタルだけど優しい」作家性が濃密に表れた作品です。同作はファンタジーやSF要素は少ないため実写映画化がしやすいという意見がある一方、表現手法が異なるアニメから実写化への不安の声も見かけました。
その実写映画版『秒速5センチメートル』を手掛けるのは奥山由之監督。米津玄師の『KICK BACK』やサカナクションの『スローモーション』など有名アーティストのミュージックビデオを手掛け、高い評価を得ているのです。
そして、今回の奥山監督作『アット・ザ・ベンチ』を見ると、「この監督なら実写映画版『秒速5センチメートル』は大丈夫どころじゃない、素晴らしい作品になるのは間違いない!」と確信できたのです。
その理由および作品の面白さを、本編の内容に触れつつ、かつ決定的なネタバレは触れないように5つのポイントから記していきましょう。なお、11月15日より公開の劇場はテアトル新宿、109シネマズ二子玉川、テアトル梅田と3館のみ。それ以降、公開予定の劇場も少ないので、ぜひ公式Webサイトの劇場情報をチェックしてください。
1:豪華キャストが「古ぼけたベンチで話し合う」ことが面白い!
『アット・ザ・ベンチ』は短編5編のオムニバス映画で、総上映時間は86分とタイト。その時点から、短編3編で構成され、総上映時間が63分だった『秒速5センチメール』と、どことなく似ている感覚を抱く人もいるかもしれません。そして、本編の内容は「古ぼけたベンチで話し合うだけ」と言っても過言ではありません。そんな映画が面白いの……? と疑問に思う人もいるでしょうが、実際に見ると退屈する暇がいっさいないほどに面白いのです! 理由は「会話からその人の世界や価値観が広がる」ことに加えて、さらに後述する大きなテーマが浮かび上がってくるから。
また、「ベンチと人間を映しているだけだと画(え)は地味では?」とも思う人もいるでしょうが、ベンチを取り巻く風景がとても美しく撮られており、数々のメリハリのある演出がされ、さらには(特に第4話での)大胆かつ予想外の作劇もあって、全く飽きることはありませんでした。 さらなる魅力は、自主制作映画とはとても思えないほどの豪華なキャストが集結していること。それぞれにマッチした役どころと熱演に、時に圧倒され、心から共感し、見惚れることができるでしょう。
ここからは、ネタバレにならない範囲で内容の紹介をしていきます。それぞれの脚本家の名前もぜひチェックしてほしいのです。なお、(アニメ映画の)『秒速5センチメートル』の核心的な要素にも少し触れているので、そちらを未見の人はご注意ください。
2:第1話は「久しぶりに再会する幼なじみの男女の話」
第1話の出演者は広瀬すずと仲野太賀。恋人ではないけど親友といえるほどに仲がいい幼なじみの男女が「元々は公園だった場所で、ただ1つのベンチが残された理由」について語っている最中で、公園やベンチを「擬人化」しているような物言いが面白く、また尊い内容でした。 例えば、「(公園がなくなる)前兆はあったはずなんだよ。それに気づけなかった」「悲しませたくなかったんだよ。公園には公園なりの気遣いがあった」「公園のそういうところ、嫌いじゃなかった」といったような何気ない会話です。とても気が合うけれど、どこか本音を隠しているようにも見える2人が、会話の中で少しずつ関係性が変化しているように思えるのも見どころ(聞きどころ)なのです。 脚本を手掛けたのはテレビドラマ『silent』(フジテレビ系)が絶賛を浴びた生方美久。後述する第5話でも脚本を務めており、その男女の会話や心の機微を描く作家性が、このエピソードでもいかんなくはっきりとされていました。