ヒナタカの雑食系映画論 第128回

アニメ映画『ふれる。』で“20歳の青年”を主人公にした意味は? 挑戦的かつ優しい3つのポイントを解説

アニメ映画『ふれる。』は、脚本家・岡田麿里らしい、辛らつのようで実は優しい、コミュニケーションの物語がつづられた作品でした。思春期の少年少女ではない20歳の青年たちを主人公にした意味も含めて、見どころを解説しましょう。(※サムネイル画像出典(C) 2024 FURERU PROJECT)

1:20歳の幼なじみの青年3人が共同生活をする物語

本作における何よりの特徴は、主人公3人が20歳の青年であることです。高校生の男女を主人公にしたアニメ映画が多い中、その時点で挑戦的な試みですし、実際にその年齢が重要な作品だと思えました。
ふれる
(C) 2024 FURERU PROJECT
主人公3人は、島で育った幼なじみで親友同士。東京の高田馬場で共同生活を始めています。口数が少なく冷ややかな面もある「秋」はバーでアルバイト、体育会系でややデリカシーに欠ける「諒」は不動産会社の営業職、朗らかなようでコンプレックスが強い「優太」は服飾デザインの専門学校生と、同じ場所に住んでいても、それぞれの性格や立場はバラバラです。
ふれる
(C) 2024 FURERU PROJECT
シェアハウスをしている状況かつ、生活の中で「仕事(あるいはそれに直結する勉強)」を強く意識していることが、小中学生が主人公のアニメ映画とは異なるポイントです。さらには、後述する通り「少し大人」だからこそ生まれる恋愛や人間関係も物語に大きく関わってくるのです。
ふれる。
(C) 2024 FURERU PROJECT
『映画ドラえもん のび太と空の理想郷』で声優に初挑戦した永瀬廉が繊細な感情を表現しているほか、5月に公開された主演映画『若武者』でも注目を浴びる坂東龍汰が乱暴な“だけじゃない”奥行きを感じさせたり、『仮面ライダーリバイス』の前田拳太郎がかわいらしくもありながら少し危うさを感じさせるなど、実写映画で活躍する俳優それぞれの声質と演技も、「大人のようで大人になりきれていない」役柄にぴったりとハマっているので、それぞれのファンも必見でしょう。

2:『きみの色』とは好対照の「言葉で大切な人を傷つけてしまう」作品に

現在も上映中のアニメ映画『きみの色』は、高校生の男女の悩みを示しつつも、それが悪意として表出することはない、「悪い人が1人も出てこない」作品でした。一方で『ふれる。』はその正反対。ひどい言葉をぶつけて大切な人を傷つけてしまう、「ギスギスした関係」がはっきりと描かれる内容になっています。
ふれる。
(C) 2024 FURERU PROJECT
『ふれる。』の物語の発端は、小学校の頃に不思議な生き物の「ふれる」と出会ったことです。そのふれるには「互いの体に触れるだけで心の声が聞こえてくる」という特殊な能力があったため、3人それぞれは「本音で分かり合える」親友同士になります。つまりは、彼らにはギスギスした関係に「なるはずもない」ほどの信頼があった……はずなのです

しかし、3人はとある事態から、誰にでも優しいあまり八方美人な面もある「奈南」と、物事をはっきりと言う姉御肌タイプの「樹里」という、2人の個性的な女性と出会い意識し始めます。
ふれる。
(C) 2024 FURERU PROJECT
さらに、20歳という年齢ならではの、それぞれが将来の道を決めなければいけない葛藤も描かれます。自立が目の前にある「大人」だからこそ生じる戸惑いも関係し、さらには恋愛における「エゴ」も表出して、少しずつ、でも確実に信頼し切っていた関係が崩れてしまいます

しかも、「ふれる」の能力には、これまでの認識とは違う特徴があることも明らかになり、それもまた関係の悪化につながります。口に出さずとも思いを伝えてくれるファンタジーの存在がいてもなお、言葉で傷つけ合ってしまうコミュニケーション不和は起こり得るという、残酷かつ現実的な視点の物語にもなっているのです。
ふれる。
(C) 2024 FURERU PROJECT
むしろ、「ふれる」という「簡単に心をつなげてくれる」存在がいたことで、3人はその心地よい関係性のままでいられる一方、「出会った子ども時代」「あの時のまま」で、大人になりきれていなかった、とも言えます。

「ふれる」がチョコチョコと小動物のように動き回る様はとても愛らしいですし、なるほどこれは実写ではなくアニメで描く意義を感じることができました。それでいて、ある場面で多くの鋭い「トゲ」が伸びる特徴が、そのままトゲトゲしたコミュニケーションを(それ以外の意味も?)示しているかのようでした。
ふれる。
(C) 2024 FURERU PROJECT
もちろん、『きみの色』と『ふれる。』のどちらかがよくてどちらかが悪い、というわけではありません。どこまでも美しくて優しい世界を描いた『きみの色』と、信頼に満ちた関係性が悪意のある言葉で瓦解(がかい)してしまう『ふれる。』は、物語のアプローチは正反対でありつつも、どちらも現実に存在し得る若者たちのコミュニケーションに対し、誠実に向き合った作品であるのは間違いありません。
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