保険適用後も残る、不妊治療の高い壁
不妊治療にかかるのは、精神的・肉体的な負担だけではありません。保険適用での不妊治療には年齢制限と回数制限があることも知っておくべき重要なポイントです。ネット上では「助成金のあった自費診療時代のほうが治療の選択肢が多く治療しやすかった」など、金銭面や治療面で負担が増えたという声もあります。体外受精に関していえば39歳以下は6回まで、42歳以下は3回までが上限。それ以内で妊娠ができなければ、以降は自費診療になってしまい、体外受精1回につき数十万円以上の高額な治療費がかかってしまいます。
また、保険適用といっても負担がないわけではありません。自費診療では体外授精1回につき70~100万円程度かかったのに対し、保険適用後は1回20万円前後(クリニックや治療方法により異なる)にはなりましたが、全てが1度でうまくいくわけではないため、実際にはそれ以上にかかってしまうことも珍しくないのです。
大事なのは、保険適用の恩恵を十分に受けられるためのルールを理解し、自分にその治療が必要になった時に後悔しないようにすることです。
胚培養士と不妊治療当事者が若い世代に伝えたいこと
ここまで不妊治療現場のリアルをお伝えしてきましたが、多くのカップルが大変な不妊治療にチャレンジするのは「わが子を抱きたい」というシンプルな願いからに他なりません。ぶらす室長は、「子どもがほしい」という思いをかなえるためには、若いころから妊娠・出産するための知識を持っておくことが必要だと話します。
「私は、不妊治療をせずに子どもを産めることが理想だと思っています。しかし、妊娠できる確率は女性の年齢が進むに連れて下がっていくことが知られています。女性の社会進出や晩婚化は加速すると予想されますので、今後さらに不妊治療を実施する人が増えていく可能性はあると思います。
著名人が高齢でも出産したというニュースが流れることがありますが、たまたまその人が妊娠できたというだけで、自分も同じように妊娠出産に至るとは限りません。『まだ若いから大丈夫』と思わずに、若いうちから妊娠の仕組みや妊娠しやすい年齢について知識として知っておくべきだと思います。例えば、義務教育などに取り入れていき、学生の頃に当たり前の知識として備えておくのも良いでしょう。そのうえで、将来『子どもを持つ』『持たない』ということが選べる社会に変わっていくといいですね」
私たちはこれまで、「いかに妊娠しないようにするか」を学生時代に徹底的に教えられてきました。もちろんそれは自分の体を守ることには欠かせない知識です。しかし「妊娠するための知識」については知らされるタイミングがほとんどなかったのも事実。
現在、政治家や行政が「安心して子どもを産める社会を」ということを叫んでいますが、そもそもの「産むための知識」を得る機会が少ないのはあまりにもアンバランスだと感じてしまいます。
だからこそ、今の10代、20代の女性には「妊娠するための知識」を知っておいてほしいというのが不妊治療当事者としての心からの願いです。
自分の卵巣や子宮の状態はもちろん、年齢自体が出産に大きく影響することを知ることは、「産まない」選択をするにしても必要なことではないでしょうか。「10代、20代で考えるのはまだ早い」ということはありません。ぜひ一度「産むこと」について考えてみてほしいと思います。
話を聞いた人:胚培養士ぶらす室長@不妊治療
現役の胚培養士として不妊治療クリニックで働く傍ら、SNSで不妊治療についての情報を発信している。
X :@embryogoodbaby
note:https://note.com/embryologist/
この記事を書いた人:マサキ ヨウコ プロフィール
子ども向け雑誌や教育専門誌の編集、ベビー用品メーカーでの広報を経てフリーランス編集・ライターに。子育てや教育のトレンド、夫婦問題、ジェンダーなどを中心に幅広いテーマで取材・執筆を行っている。