「体外受精しても妊娠しないなんて、話が違う!」
ぶらす室長自身、患者さんから治療がうまくいかない原因について説明を求められたことがあると言います。「『体外受精をしたらすぐに妊娠できるんじゃないのか。話が違う』と言う人もいらっしゃいました。具体的な患者さんの話はできないのですが、採卵で卵子が多く採れても移植できる受精卵になかなか育たない症例や、何らかの原因で受精卵が着床しにくい症例など、さまざまな理由で採卵や胚移植という治療を繰り返さなければいけなくなる患者さんはいらっしゃいます。
10回以上採卵して、ようやく採れた胚盤胞(受精卵が成長し、細胞分裂した受精卵)を移植しても妊娠が成立しないという症例にも出会うことがあります」
こうしたつらい思いをこれ以上したくないからこそ、治療のたびに「次の移植で妊娠できますか?」「次の治療での妊娠率は何%ですか?」という質問を医師や胚培養士にご質問される患者さんは多いのだそうです。皆さんそれほど真剣だということでしょう。
「しかし、どんなに形態的に良好なグレードの受精卵(見た目の評価の高い胚)や、染色体異常の検査をして正常と判定された受精卵であっても、移植したときの妊娠率は100%ではありません。ですから、われわれから『絶対大丈夫』と言ってあげることはできないのです。
私のSNSの質問箱にも『このグレードの胚盤胞だと、妊娠する確率はどのくらいですか?』という質問をよくいただきます。症例によって年齢や内膜の状態などの背景が異なりますので、論文などのデータから一般的な確率を伝えることしかできません」
「グレード」とは、受精卵の細胞の数や密度などの見た目から、胚の状態を評価する基準のことを言います。グレードが低いものでも妊娠している方はSNSで見ることがありますが、やはりグレードが高い胚盤胞のほうが妊娠成立する確率は高いそうです。
ちなみに、筆者が初めて獲得した胚盤胞は「6日目4BC」。体外受精をしている人が聞けば誰でも分かる低グレードです。移植してから毎日、同じような条件で妊娠できた人のSNSを探しては自分を安心させていました。
残念ながらその胚盤胞では妊娠できませんでしたが、結果が出るまでの自分を支えてくれたのは、SNS上の誰かの「低グレードでも妊娠できたよ!」という言葉。不妊治療は周りに相談しにくいことが多い中で、誰かの「大丈夫」という言葉がほしいのはみんな同じなのでしょう。
誰かに諦めさせてほしい……
不妊治療は、勉強や仕事のように真面目に取り組んでいれば結果が出るものではないのがつらいところ。妊娠まであと一歩のところまで行っても、また振り出しに戻ることも珍しくありません。つらい治療を続けるうちに「辞めどき」を求める患者さんもいるといいます。「『私が妊娠するのはもう無理ですか?』と聞かれる方もいます。これはあくまで私の想像ですが、この質問には“治療の辞めるきっかけを求めている”部分もあるのかもしれないと思います。『もう妊娠するのは無理なので諦めてください』と誰かに言ってほしいのかもしれないと。
症例によりますが、採卵ができれば体外受精の治療は続けることができてしまいます。受精卵が得られる限り妊娠できる可能性はゼロではないので、われわれから“もう妊娠を諦めるべきです”とは言えません。そうすると、患者さんは辞めどきが分からなくなってしまいます。お金ばかりかかってしまい、結果は出ないけど諦めることもできない。そういう意味ではとても残酷な治療だとも思います」
子どもを持ちたいという前向きな希望のはずの不妊治療で苦しまないために「今、私はどうしたいか」を自分自身で確認しながら進めていくことがとても大切だと筆者も思います。