女の子は「その前の苦労」を知らない
しかも、この女の子はキキが昔ながらのオーブンとまきを使ってパイを焼き上げたことも、パーティーの予定があったことも知りません。観客およびキキとジジからすれば「こんなに苦労して届けたのに、なんてことを言うんだ!」と怒りたくなるほどの過程があったとしても、(嫌いなパイを)届けられた本人からすればただうんざりして、つい文句かつ独り言をこぼしてしまうことは、現実にもあることかもしれません。この女の子の言葉からは、シンプルに届け物をする仕事に対するリスペクトや気遣いを、反面教師的に学べるでしょう。もちろんこの時のキキのように、配達する人が届け物に特別な思いがある場合なんてそうそうないでしょうが、雨の中で濡れたりしながらも、誰かからの気持ちがこもったもの、はたまた自身が楽しみにしているものを届けてくれる人は、たくさんいます。
少なくとも、「ずぶ濡れ」という目の前の事実を言うだけでなく、「雨の中、ありがとうございます」と簡単に感謝を告げてみてもいいはずです。
仕事ではよくあることだし、大したことじゃない
キキはショックを受けて、トンボが雨の中でパーティーの迎えに来ていたのに、「もういいんです、このなりじゃ行けないもの」と言って、体を拭かないままそのまま寝込んで風邪を引いて、「私、このまま死ぬのかしら」とつぶやき、おソノさんに「ハハハ! ただの風邪よ、薬を持って来てあげる。それに、何か食べなきゃダメね」と笑われます。この過程からは、ストレートにキキは「気にしすぎ」であり、(大人からすれば)「大したことじゃない」と示されています。それは以下の宮崎駿監督の言葉にも表れているので、長めに引用しておきましょう。
「老婦人のパイを届けた時に、女の子から冷たくあしらわれてしまうわけですけど、宅急便の仕事をするというのは、ああいう目にあうことなんですから。特にひどい目にあったわけじゃあなくてね、ああいうことを経験するのが仕事なんです。(中略)僕らだって宅急便のおじさんが来た時に『大変ですねぇ、まあ上がってお茶でもどうぞ』なんて、いちいち言わないじゃないですか(笑)。ハンコをわたして、どうもご苦労さん、それで終わりでしょ」
「僕はあのパーティーの女の子が出てきた時のしゃべり方が気に入ってますけどね。あれは嘘をついていない、正直な言い方ですよ。本当にいやなんですよ、要らないっていうのに、またおばあちゃんが料理を送ってきて、みたいな。ああいうことは世間にはよくあることでしょ。それはあの場合、キキにとってはショッキングで、すごくダメージになることかもしれないけど、そうやって呑み下していかなければいけないことも、この世の中にはいっぱいあるわけですから」
※引用:『ジブリの教科書5 魔女の宅急便』(文藝春秋/2013年)78〜79ページより
これらの言葉からもキキはやはり過剰にショックを受けすぎ、「こういうことは仕事で少なからず経験するものだよね」と改めて思うのですが、その後にキキはトンボとプロペラのついた自転車に2人乗りした後に笑い合ったりもします。
それでも、キキはトンボが仲間たちと話している(その中には「あたしこのパイ嫌いなのよね」と言った女の子もいて「あの子知ってる! 宅急便やってる子よ!」と周りに教えている)のを見て、一方的に離れて行ったりもしていて、やはり落ち込んだり立ち直ったりしてばかりです。
やっぱりキキはいろいろなことを気にしすぎですし、簡単には成長もしません。それでも、それは彼女がこれから少しずつ「折り合い」をつけていくための、仕事のみならず人生で「必要な過程」にも思えるのです。