当初の予定とは違ったクライマックスがもたらしたもの
実は、絵コンテと作画の作業を進めている段階では、映画のラストについて、メインスタッフからは「キキが老婦人からケーキをプレゼントされるシーンで終わったほうがいい」という意見が大勢を占めていたのだそうです。それでも、鈴木敏夫プロデューサーは「宮さん(宮崎駿監督)がやるなら、必ず面白いシーンになるはず」「しんみり終わる映画もあっていいけど、娯楽映画というのは、やっぱり最後に“映画を見た”という満足感が必要なんじゃないか」「そのためには、ラストに派手なシーンがあったほうがいい」と考えて反対をしていたスタッフたちを説得し、飛行船にまつわるアクションがクライマックスに置かれたのだとか。
個人的には、このクライマックスで物語に与えたポジティブな効果は、それだけではないと思います。何しろ、それ以前のキキはお届けものの仕事を始めても、まだ街の人の多くから受けいれられてはいない立場だったのですから。
キキが全身全霊でトンボを助けようとする様がテレビで放送され、多くの人が彼女の空を飛ぶ才能を見届けたことは、キキにとって今後の希望に(もちろん仕事の宣伝にも)つながる出来事だったはずです。
そして、そのキキの奮闘は「あたしこのパイ嫌いなのよね」と言った女の子にも届いています。彼女は、仲間と共にトンボを救おうとしていたキキを、その後のエンディングでは飛行機で飛ぶトンボも応援していたのですから。やはり彼女は(デリカシーには欠けているものの)本質的には誰かを気遣ったり、時にはみんなと一緒に頑張る人の応援したりすることができる、素直な普通の女の子でもあると思うのです。
先輩魔女も実はいい人?
最後に、序盤に登場する印象的なキャラクターの「先輩魔女」についても記しておきましょう。地上波放送のたびによく話題になるのは、「先輩魔女はイヤな人のように見えるけど、実は的確なアドバイスをくれる、すごくいい人なのでは?」という考察。『からかい上手の高木さん』で知られる山本崇一朗による二次創作漫画にも、多くのいいねがついていました。例えば、先輩魔女の言う「その音楽、止めてくださらない? 私、静かに飛ぶのが好きなの」は「他者にとってはわずらわしく思うことはある」と示しているともいえますし、「そりゃあね、いろいろあったわ。でも私、占いができるので、まあまあやってるわね。近ごろは恋占いもやるのよ」は、特技(才能)をうまく活用する術を教えているともいえます。
何より、「私はもうじき修行があけるの! 胸を張って帰れるのでうれしいわ。あの街が私の街なの。大きくはないけど、まあまあってところね! あなたも頑張ってね!」からは、自分の経験を踏まえて、ストレートにキキのこれからの生活を応援する気持ちがはっきりと表れているのではないでしょうか。
「あたしこのパイ嫌いなのよね 」と言った女の子もそうですが、キャラクターそれぞれが一面的ではない、ほんの少しの言動から多様な見かたができるというのは、優れた作品である1つの証拠ともいえます。ぜひ、繰り返し見て、新たな発見をしてみてほしいです。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。