緊張感を吹き飛ばした、“奇妙でコミカル”な登場シーン
今回の舞台でまず衝撃的だったのが、主人公ブランチの登場シーン。雑然とした庶民の地区に、“掃き溜めに鶴”とばかりに白いスーツの彼女が……という大枠は戯曲に書かれた通りですが、今回はそこに出囃子風(?)のにぎにぎしい音楽が加わり、ブランチは山積みの旅行かばんを、自ら引っ張りながら現れたのです。
セレブ感満載の淑女が「うーん、うーん」と唸りながら、お尻を突き出すようなかっこうで大荷物を運ぶ姿は、何とも奇妙で、コミカル。客席にたちこめていた“20世紀アメリカを代表する戯曲”に対する緊張感が、瞬時に吹き飛ぶ演出です。
沢尻さん自身、鄭義信さんによるこの演出を楽しんでいるように見え、「欲望という名の電車に乗って、墓場というのに乗り換えて……」に始まる冒頭の名せりふも力みなく、軽快。
コメディさながらの空気感で始まった舞台はしかし、スタンリー夫婦のもとにブランチという異質の存在が転がり込んだことで、徐々に不穏な方向へ。どこか“上から目線”なブランチが気に食わないスタンリーと、“下品”な彼に我慢がならないブランチの間の“溝”は、彼女が妹ステラに放ったスタンリー評がきっかけで、決定的なものとなっていきます。
自分の“正しさ”を妹に認めさせたいブランチは、帰宅したスタンリーに立ち聞きされているとも知らず、「あの人はけだもの、人間以下の類人猿」と酷評。さすがに妹ステラもむっとしますが、伊藤英明さん演じるスタンリーは戸口の外で一人、猿のモノマネをしながらすさまじい怒りを爆発させ、観る者を震撼(しんかん)させます。戦地で死線をかいくぐった経験があり、胸には大きな傷跡もある彼にとって、ブランチの言葉は人としてのプライドをひどく傷つけるものだったのでしょう。
そんなこととはつゆ知らず、ブランチは自分を「高嶺の花」扱いするスタンリーの友人ミッチ(高橋努さん)と親密に。沢尻ブランチはミッチに好意を見せたかと思えば冷たくし、男心を軽々と翻弄(ほんろう)しますが、それでも誠実な彼にほだされてつらい過去を告白、心の深い傷をのぞかせます。ミッチにそっと抱きしめられ、うれし涙を浮かべるブランチ。沢尻さんと高橋さんの息も合い、心震わせる名シーンが生まれています。