バラエティ豊かな表現に『オオカミの家』のクリエイターも参加
その後は、旅回りの芸人と共に森の中で芝居を見ることになったり、少年時代の思い出がフラッシュバックしたりと、さらなる混沌めいた事態になっていきます。それぞれが、バラエティ豊かな表現や画になっていることも、本作の大きな魅力でしょう。 例えば、12分におよぶアニメパートは、ストップモーションアニメ映画『オオカミの家』の監督コンビが担当しています。これまでも悪夢を見ているような感覚がありましたが、このアニメで描いてこそ、「異質な世界観」にも大いに魅了されるのです。「家族という呪い」を描き続けるアリ・アスター監督
主人公のボーは「日常のささいなことでも不安になってしまう怖がりな男」であり、それをもって「成長できずにいた中年男性の悲哀の物語」としても捉えられるでしょう。そう解釈できる理由の筆頭は、怪死したボーの母親が「社会的には成功者」であり、アパートに1人暮らしであるボーとは対照的な立場であるから。
また、帰省の道中で起こる出来事の数々、旅芸人の芝居の内容、少年時代の思い出などから、彼が「自己否定」や「母からの抑圧」に苦しんでいたことが、そこはかとなく伝わってくるのです。 事実、アリ・アスター監督は「(観客は)ボーが歩む道というより、彼の記憶や幻想、恐怖を体験するんだ」と語っています。つまるところ、劇中で起こることの多くはやはり現実の出来事ではなく、「ボーが恐れている妄想が具現化したもの」ともいえるのです。
また、『ヘレディタリー/継承』はアスター監督が自身の家族の経験が元になっていると明言していますし、『ミッドサマー』の主人公も冒頭で家族のとてつもない不幸に見舞われています。やはり、アスター監督の作家性で通底するのは、「家族は呪いにもなる」ということ。その恐ろしさを、言葉ではなく、映画としての表現として体感できるのです。
とはいえ、今回の『ボーはおそれている」は、ホラーとしての恐ろしさではなく、やっぱり「ひどすぎて」「意味が分からなすぎて」「ブッ飛びすぎて」笑ってしまうブラックコメディーへ、その「家族という呪い」を昇華させているといっていいでしょう。
約3時間という上映時間はさすがに長く感じる人も多いでしょうが、これだけの時間をかけての悪夢のような体験は貴重ですし、やはり閉ざされた環境の映画館で見てこそのものだと思えるのです。
公式の触れ込み「この世でもっともブッ飛んだ179分」やキャッチコピーの「ママ、きがへんになりそうです」がいかに的確な表現であるかも、見ればきっと分かるはずですよ。
この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。