1:『瞳をとじて』(2024年2月9日より劇場公開)
『ミツバチのささやき』(1973年製作)と『エル・スール』(1983年製作)が世界中で絶賛を浴びたビクトル・エリセ監督が、『マルメロの陽光』(1993年)以来なんと31年ぶりに手掛けた長編映画です。寡作な映画監督であるからこそ1本1本がとても貴重といえますし、実際の本編も映画館でじっくりと堪能したい傑作に仕上がっていました。 物語は「22年前に失踪した親友の俳優を探す」というシンプルで分かりやすいもの。しかし、冒頭ではその俳優が出演していた映画を映しており、映画の内容がその後に断片的に提示される俳優の人生に折り重なっていくような、特殊な構造を持っています。また、エリセ監督は「物語は密接に関わる2つのテーマ“アイデンティティと記憶”を巡って展開する」などと語ってもいます。 示唆に富む「間」を長く撮った会話、美しい撮影も相まって、169分という上映時間の長さを感じさせません。『ミツバチのささやき』では子役だったアナ・トレントが50年ぶりに同じく「アナ」の名前を持つ女性を演じていることも見逃せないポイント。エリセ監督の作家性と、映画という芸術の「魔力」が1点に集約されていくような、深い余韻を残すラストを一生忘れることはできないでしょう。
2:『市子』(2023年12月8日より劇場公開中)
「プロポーズをした恋人が、なぜか翌日に姿を消してしまう」ことを発端とした物語です。時系列が激しくシャッフルする複雑な作劇には戸惑うでしょうが、これこそが「謎めいた人物のことを断片的に知っていく」表現として秀逸で、いつしか「迷宮に迷い込んだまま出られなくなる」ような映画体験へとつながっているのです。
「なぜ彼女は別の名前を名乗っていたのか」「あの時にどうしてこんな悲しいことを言ったのか」といった疑問が「分かっていく」過程から、とある現実の社会問題へ向き合う作り手の矜持を感じることができました。かわいそうな女性である反面、「それだけじゃない」不可解さや恐ろしさをも示した杉咲花の表現力を、誰もが称賛することでしょう。2024年2月の現在もミニシアターでの公開は継続していますので、お見逃しなく。