ヒナタカの雑食系映画論 第67回

『哀れなるものたち』の18禁指定に納得の理由。『タイタニック』『バービー』も連想する作品の意義とは

アカデミー賞に11部門ノミネートされ、最多受賞の有力候補となっている『哀れなるものたち』。R18+に納得の理由、さらに『タイタニック』『バービー』などの名作に通ずるメッセージ性や意義を解説します。サムネイル画像出典:(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

ランティモス監督作にある強烈な作家性

本作の監督である、ギリシャ出身のヨルゴス・ランティモスという名前を、ぜひ覚えていただきたいです。これまで手掛けた作品も実に「とがった」特徴と魅力に満ちていました。代表的な4作品を紹介しましょう。

1:『籠の中の乙女』(日本公開2012年)……子どもたちを家の中から一歩も出さず、厳格なルールの下で育ててきた一家の物語。父親が外の世界から女性を連れてきたことから波紋が広がっていきます。R18+指定です。
 

2:『ロブスター』(日本公開2016年)……独身者がホテルに送り込まれ、45日以内にパートナーを見つけなければ動物に変えられてしまう不条理な設定のSF映画。世界のシステムが「独身者は人間ではない」価値観を是としているようで、見れば確実に婚活パーティーに行きたくなくなります。R15+指定です。
 

3:『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(日本公開2018年)……心臓外科医が家にとある少年を招くと、子どもたちがなぜか歩けなくなり這って移動するようになってしまうというサスペンススリラー。「いったい何が起こった?」「少年の目的は?」という謎と、イヤな空気が全編に立ちこめていきます。PG12指定です。
 

4:『女王陛下のお気に入り』(日本公開2019年)……女王と彼女に仕える2人の女性の入り乱れる愛憎と駆け引きを描いたドラマです。王に気に入られるための策略の数々がそれぞれ醜く、その一方で王宮の内装や美術は豪華絢爛(けんらん)というギャップも楽しめる、いい意味で意地の悪い面白さに満ちた作品になっています。PG12指定です。
 

これらのランティモス監督作では、「限られた場所での価値観に染められた」「男女の性」を描いているという明確な作家性が見て取れます。それぞれがいい意味で居心地の悪さに満ちている一方で、その状況にはどこかユーモアもある、半ばブラックコメディー的でもあるのも特徴的です。

今作『哀れなるものたち』は、思い切りR18+指定であり、過去のランティモス監督作にもあった過激な性描写はがより極まっているともいえますが、前述してきた通り物語は分かりやすく、エンターテインメント性も格段に高く、過去作と比較すると最も親しみやすい内容にもなっています。

『哀れなるものたち』には原作となる小説がありますが、そうとは思えない、ヨルゴス・ランティモス監督の集大成といっていいほどの“作家性”が色濃く表れています。加えて、「限られた場所での価値観」から解き放たれ、自由奔放な旅が物語のメインになっている点で新境地ともいえますし、その最高傑作なのも間違いありません

複雑な原作からのアレンジ、そして映画ならではの圧巻のビジュアル

『哀れなるものたち』の原作は、日本でも2008年に翻訳された、スコットランドの作家アラスター・グレイの同名ゴシック小説です。

この原作は、複数の異なる視点や特殊な挿絵や表現も挟み込まれる、非常に凝った設定の難解な内容で、そのまま映画化することは不可能ともいえるもの。例えば、原作の冒頭部から「とある女性(ベラ)の驚くべき物語を発見した」という体裁を取り、それがあたかも実在した話であるかのように語られていたりもするのです。
哀れなるものたち
(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
そのようにいくつもの階層が折り重なるような複雑さに魅力がありながらも、かなりニッチな作風でとっつきづらさがあった原作に対し、映画では主人公ベラの視点にほぼ絞った上で壮大な旅を追うという、シンプルかつ大胆な脚色がされています。さらに、原作にあった哲学的、社会学的な思想を交えつつ、圧倒的なビジュアルの数々を目の当たりにできることこそが、映画ならではの魅力でしょう。
 

SF映画的でもあるファンタジックな風景は、主演のエマ・ストーンが「全てのセットを歩き回るのに30分はかかる」と語った広大なセットにより作られました。ロンドンの街並み、パリの広場、売春宿、ホテルやスラム街に至るまで、完全な「世界」が作り上げられているのです。

さらに、中盤からは遠洋定期船に乗り込むため、『タイタニック』を連想させるスケールも感じさせますし、そこでのエピソードも『タイタニック』に少し通ずるところがありました。
哀れなるものたち
(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
そのビジュアルをもって示した「壮大な旅」は、前述した明確なテーマといえる「女性の自由意志」とリンクし、これ以上のない開放感に満ち満ちています。赤裸々な性描写の数々も「罪悪感なく性を探求する」女性の自由意志そのものを示しているともいえるでしょう。

さらに、「魚眼レンズを使った撮影」や、「初めはモノクロだったの映像が絶妙なタイミングでカラーに変わる」など、主人公の視点の変化を示した、映画独自のギミックも大いに楽しめます。

その先にある、フェミニズムに満ちたメッセージ、そして痛快無比といってもいいクライマックスまで、映画という媒体でしかなし得ない快楽に満ち満ちていました。
哀れなるものたち
(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
もちろん、露悪的とさえいえるエログロ描写、悪趣味といわれても否定できない設定も含めて、見る人を選ぶ、ある程度の好き嫌いが分かれる内容であることも事実でしょう。

しかし、『バービー』に続き、凝り固まった価値観の支配から逃れた女性の冒険と自由意思を描き、フェミニズムを高らかにうたいあげ、それらがエンターテインメントとして見事に結実している本作がここまでの大きな支持を得ることには実に納得できますし、R18+指定が乗り越えられる人にとっては、二度とはない映画体験として、ずっと心に残るほどのものにもなり得ます。
哀れなるものたち
(C)2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.
まずは、何より前述したファンタジックな風景(といい意味で笑ってしまうほどに赤裸々な性描写)を心ゆくまでにスクリーンで堪能してほしいです。

この記事の筆者:ヒナタカ プロフィール
All About 映画ガイド。雑食系映画ライターとして「ねとらぼ」「CINEMAS+」「女子SPA!」など複数のメディアで執筆中。作品の解説や考察、特定のジャンルのまとめ記事を担当。2022年「All About Red Ball Award」のNEWS部門を受賞。
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