4:『神々の山嶺(いただき)』(2022年)
構想から完成まで7年をかけたフランスのアニメ映画で、夢枕獏による小説を『孤独のグルメ』の作画でも知られる谷口ジローが漫画化した作品が原作です。「実在の登山家ジョージ・マロリーはエベレストの初登頂を成し遂げたのか?」という謎をフックにしつつ、孤高のクライマーが拭い去れない後悔を抱えながらも、それでもなおエベレストを目指す危うい物語が展開していきます。
それでいて、その孤高のクライマーは理解できない狂人というわけでもなく、人間くささや複雑な内面も見えてきて、観客もまた主人公の山岳カメラマンと同じ目線で彼のことを「知りたい」と思えるようにもなる、意外な親しみやすさもある物語になっています。かなりの長編であった原作を94分の時間に収めるためのエピソードの取捨選択も見事。堀内賢雄や大塚明夫や逢坂良太による吹き替え版も絶品です。
5:『音楽』(2020年)
原作は俳優としても活躍する漫画家・大橋裕之の『音楽と漫画』(太田出版)。実写の動きをトレースする「ロトスコープ」という手法を用いており、その制作期間は7年超、作画枚数は実に4万枚超の上に全て手描き、野外フェスシーンでは実際に観客とステージも用意するなど、個人制作アニメ映画としては何から何まで規格外です。
そんな本気で作られたアニメに対し、主人公は思いつきでバンドを始める、いい加減で飽きっぽい不良少年。とぼけた笑いの中にほんの少しの狂気が垣間見える独特の味わいの青春音楽映画になっており、終盤で「ロックの奇跡がきる」までの過程と表現には、大規模な作品にはない、創作の「原石」を見届けたような感動がありました。
6:『海獣の子供』(2019年)
家にも学校にも居場所がない少女が、不思議な少年の兄弟と出会うというミニマムな物語……なのですが、それがいつしか壮大で抽象的かつ幻想的な世界へと展開していきます。言語化不可能に思えるほどの美しい映像は「見る」というよりも「浸る」「体感する」と表現したほうがふさわしいでしょう。
謎が断片的に示されていき、明確な説明を意図的に避けている、まるでアニメ版『2001年宇宙の旅』と呼んでもいいほどの難解な内容なので、ある程度は見る人を選ぶでしょう。ただ、「宇宙の成り立ちとひとつひとつの命がつながっている」構図そのものは分かりやすいですし、完全には理解できなくても感覚的に得られる「何か」はきっとあるはず。原作のファンだったという米津玄師の主題歌にも聴き入ってほしいです。
7:『この世界の片隅に』(2016年)
全ての日本のアニメ映画の中でもトップクラスの評価を得る本作の何よりの見どころは、「戦時中の普通の人々」を描いたことでしょう。原作そのままの柔らかいタッチで描かれた愛らしいキャラクターたちが、ただ日々を過ごすことの愛おしさと、時おり襲い来る戦争の恐ろしさの両面が、尋常ではないディテールの描き込みで示されていました。
アニメ化の意義は、序盤の「背中にある荷物を壁で押さえてちょっと上げる」といった細やかな表現により、当時の人がまさに「生きている」と感じさせることにもあります。とある「選択」に対する残酷さと暗い心情、それに相対する「生きていく」ことの尊さは、現代に生きる人にとっても「糧」になるでしょう。後の2019年に公開された『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』では250以上の新規カットが追加され、映画全体の印象が変わる、もはや別の映画ともいえる内容になっています。
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