頭のいい、切れ者ばかりの集団ではない
そうして2人の娘を育てる一方で、林は今季までの約3年間、東大ア式蹴球部の監督として、子どもたちを預かり、指導する立場でもあった。言うまでもなく、東大にスポーツ推薦枠はない。厳しい受験を勝ち抜いて日本の最高学府に合格し、そこで体育会のサッカー部に入部する学生とは、いったいどんな子どもたちなのだろう。純粋な興味で聞いてみた。
「国立大学とはいえ、東大に受かるにはお金も相当かかるはずですからね。学生たちを見ていても、(経済的にも)しっかりとした親御さんのもとで育てられてきたんだろうなっていう印象は強く受けますね。ただ、頭のいい、切れ者ばかりの集団というイメージがあるかもしれませんが、ちょっとのんびりしているというか、意外と抜けている部分も多いんです(笑)。僕は監督としてサッカーを教える立場でしたが、それ以上に、あいさつとか報告・連絡・相談とか、1人の人間として成長を促すことを何よりも重視してきました」
これまで東大出身でJリーガーになった選手も、少数だが何人かいる。しかしその大半は、ここで競技スポーツとしてのサッカーを辞め、社会に出て行く。その時になって困らないための人間形成が、林の指導の根幹にある。
「頭が良くて、サッカーもある程度できるとなれば、今はそれだけで評価されますが、社会に出て問われるのは、人としての部分。だから、規律に関しては徹底しましたね。遅刻をしたら、試合はもちろん練習にもしばらく参加させませんでしたから」
ロジカルな東大生に話を聞いてもらうためにサッカーを言語化
体育会とはいえ、東大生は学業の傍ら、片手間でサッカーをやっているのではないかというイメージがあるが、それに関して林はすぐさま否定する。「サッカーに取り組む姿勢はすごく真面目です。ただ、さっきも言ったように、少し抜けた部分があるので、そこは正してあげる必要がある。僕だったら、東大に入ってまでサッカーはしません(笑)。でも、彼らは自分で選んで体育会のサッカー部に入ったわけですから、この時間をもっと大切にした方がいいよ、ピッチに立ったら常に100%でプレーしなきゃダメだよってことは、ずっと言い続けてきましたね」
東大ア式蹴球部は、総勢約80人。うち分析を担当するテクニカルユニットが20人を占める。さすがに東大生となれば頭の回転が早く、戦術知識も豊富だ。
「戦術理解力はやっぱり高いですね。しかし、理論に体が付いていくかと言えば、そこはまだまだ。テクニカル班が言うことにも、机上の空論が少なくありません。どんなにいい場所に立っていても、パスがズレればチャンスにはならないし、フィジカルが伴っていなければ1対1で勝てないわけですからね」
「東大の監督になってから、自分もサッカーの戦術的な部分をかなり学びましたし、それが今の解説の仕事にも生きています。最初は苦労しましたが、いい勉強になりました。結局サッカーを言語化できないと、ロジカルな東大生は話も聞いてくれませんから(笑)」
そうした林の指導のたまものだろう。監督最終年となった今季、東大ア式蹴球部は関東大学サッカーリーグ東京・神奈川1部を戦い、昇格組ながら8勝8分け6敗と勝ち越して、12チーム中7位という好成績でフィニッシュ。9月9日の第18節には、ほぼスポーツ推薦の選手で構成された帝京大学にも1-0の勝利を飾ってみせた。
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