親子愛が手繰り寄せる、思いがけない“アメリカン・ドリーム”
一方で石丸さん演じるターテは、アメリカという国の“希望”や“可能性”を描き出します。
「実在の人物ではないのですが、ヨーロッパにおける迫害を逃れてやってきたユダヤ人の、激動の人生を体現しています。どん底まで落ち切ったターテが、この国でどう“アメリカン・ドリーム”を掴んでゆくかが、みどころの一つだと思います」
娘を喜ばせようと手作りしたあるものがきっかけで、運が開けてゆくターテ。単純なハングリー精神からではなく、父として、愛する娘に迫害と貧困のつらい記憶を忘れさせてあげたいという一心で這い上がってゆく姿が、(今回は安蘭けいさんが演じる)裕福な白人の“マザー”、そして観客の心を打ちます。
「差異によって人を区別することのない“マザー”と出会い、ターテは彼女たちと交流するようになります。アメリカにもこういう、いいところがあるよね……という“アメリカの良心”を象徴するのが、“マザー”という役なのかもしれません」
蜷川幸雄さんのもとで演出助手をつとめ、劇世界の大胆かつ効果的な“見せ方”に定評のある藤田俊太郎さんの演出で、稽古は順調に進行中だといいます。
「若い方だからかもしれませんが、藤田さんは俳優たちの意見を柔軟に取り入れながら、自分のプランを実現してゆく演出家。一つひとつ納得できるし、一緒に創り上げていると感じます」
「演劇の力」を信じて、発信し続けたい
近年、石丸さんはユダヤ人排斥主義の犠牲者を描いた『パレード』(2017年、2021年)、マイノリティの生きにくさを描いた『蜘蛛女のキス』(2021年)等、“弱者”の視点に立った社会派ドラマに多く出演。本作もその系譜にあると言えますが、その根底には石丸さんの人間、そして“演劇の力”に対する、揺るぎない信頼があるようです。
「例えば『パレード』も、人間社会の生々しい部分をえぐり出した作品でした。ラストはあまりにも衝撃的で、拍手すらできなかったお客様もいらっしゃったと思います。今回も“楽しかったね”とだけ言って帰れるような作品ではないかもしれませんが、観た方それぞれに何かを考えさせることができる作品になるのでは、と思っています。
演劇の力を信じているからこそ、間違った方向のものを作ってはいけない、と自戒しつつ、私は多くの方に、演劇を通して“人間の生きざま”を見ていただきたい、という気持ちを強く持っています。私たちは人が生きる姿を見るのが好きでしょう? 楽しんでいる姿だけでなく、苦しんでいたり、悩んでいたりする姿を通して、私たちはいろいろなことを感じることができます。こうした作品を、我々はもっと作るべきだなと思っています。
一本の作品を観るために、自分の時間を切り取って劇場に行く、そして、生身の人間が非日常のドラマを演じるのを、スタートしたら終わるまで座席から動かずに目撃する……ということこそが、演劇の強さだと思います。その間は集中を途切らせず、ものすごい情報量を(体に)入れ込んでいく。何が起きるか分からない、そしてそれはそこでしか体験できない……というのが“癖になる”ポイントだと思います。私自身、観る側としても演じる側としても、それがライブの醍醐味だと感じますね。
もちろん、世の中にはいろいろな事情で劇場には足を運べない方もいらっしゃいます。でも興味を持っていただいて、いつか機会が生まれたときにぜひライブで観てほしい、と発信し続けていきたいと思いますし、私たちが(首都圏だけでなく)各地で上演するのも大事だと思っています。多くの人に演劇に触れてほしい、という気持ちはずっと強く持ち続けています」
一本の芝居が世の中を変える……ということは無いかもしれない。けれども、観客から“また観たい”という声が多く聞かれた時、石丸さんは“伝わった”手応えを感じるといいます。
「ご覧になった方々の声はとても大切だと思っています。社会派ドラマ、楽しい作品を問わず、公演アンケートなどで再演希望の声をいただくと、嬉しくなりますし、その作品をやって心から“良かった”と思えます。今回の『ラグタイム』も、“また観たい”と思っていただけるものを目指していますので、ぜひ楽しみに、期待していらしてください」
<公演情報>
ミュージカル『ラグタイム』9月9~30日=日生劇場、10月5~8日=梅田芸術劇場メインホール、10月14~15日=愛知県芸術劇場 大ホール 公式Webサイト
<石丸幹二さんプロフィール>
愛媛県出身。東京藝術大学音楽部声楽科在学中に、劇団四季にて『オペラ座の怪人』ラウル役でデビュー。『壁抜け男』『美女と野獣』等のミュージカル、『この生命誰のもの?』等のストレートプレイで主演。退団後は『ジキル&ハイド』『エリザベート』『ラブ・ネバー・ダイ』『蜘蛛女のキス』『ハリー・ポッターと呪いの子』等の舞台、TVドラマ、音楽番組司会、映画、コンサートと幅広く活躍している。まつもと市民芸術館・芸術監督団メンバーでもある。