【ラー博】“二代目”ではない「げんこつ屋」が16年ぶりに! 1994年当時の白湯×和風のWスープを再現

新横浜ラーメン博物館の「あの銘店をもう一度“94年組”」第3弾として「名代ら~めん げんこつ屋1994」が2023年7月20~10月22日まで出店。1994年当時の白湯×和風のWスープを再現します。

新横浜ラーメン博物館への出店

げんこつ屋ラー博店外観(1994年撮影)
げんこつ屋ラー博店外観(1994年撮影)

げんこつ屋は東京代表として、1994年のラー博オープニングメンバーとして出店します。実は、すでに渋谷など都内に4店舗を構えていたことから、断わるつもりだったといいますが、当時のラー博スタッフの明るい姿やラー博・岩岡館長の熱意におされ、出店を決めたそう。

ラー博出店を機に誕生した「豪快ら~めん(塩)」
ラー博出店を機に誕生した「豪快ら~めん(塩)」

ラー博店の店長に抜てきされたのは、当時22歳だった長男・匤仁さん。看板メニューが必要と考え、「豪快ら~めん(塩)」が誕生しました。その後も「豪快ら~めん(塩)」は、「げんこつら~めん」と並ぶ2枚目の看板メニューとして人気を博しました。

げんこつ屋は、東京以外にもさらなる店舗展開をしていきたいと2000年にラー博を卒業します。最大17店舗を展開するほど成長しましたが、2007年に倒産。「げんこつ屋」の歴史は27年で幕を下ろすこととなりました。

「二代目げんこつ屋」として復活

ラー博に復活した「二代目げんこつ屋」外観(2011年撮影)
ラー博に復活した「二代目げんこつ屋」外観(2011年撮影)

倒産後、関川さん親子は「一からやり直そう」と、2008年に東京・田町に新たなラーメン店「一本の道」をオープン。が、清さんは心労がたたり急逝。匤仁さんは「親父の味を伝え続ける」という思いを強く持ち、ラーメン店を続けました。

3年後、岩岡館長が「お父さんが作り上げたこのラーメンを伝え続けることが私たちの使命。げんこつ屋の味を待っているお客さんも多くいるので、ラー博でげんこつ屋を復活しませんか?」と声をかけます。

「父親の域に達していない」と固辞する匤仁さんでしたが、交渉の末、「げんこつ屋の看板はまだ重いので、"二代目げんこつ屋"としてなら」と、2011年4月20日、「二代目げんこつ屋」としてラー博に復活を果たしました(「二代目げんこつ屋」は2019年2月に卒業)。


>次ページ:16年ぶりに「げんこつ屋」が復活
 

Lineで送る Facebookでシェア
はてなブックマークに追加

編集部が選ぶおすすめ記事

注目の連載

  • ヒナタカの雑食系映画論

    スパイ映画は『007』だけじゃない。荒唐無稽?それともリアル?魅力にあふれたスパイ映画6作を選出

  • ここがヘンだよ、ニッポン企業

    古い常識に縛られたおっさんが、ジェンダーやコンプラの前にアップデートすべき「昭和の価値観」3つ

  • どうする学校?どうなの保護者?

    どうする? 「PTA役員のなり手が見つからない」問題……何が役員の負担となっているのか

  • アスリートの育て方

    「あの時、嫌な予感がした」父の死で進路急転。中3で単身故郷を離れた元日本代表・駒野友一の原動力【独占インタビュー】