「死の香り」も漂わせる物語
本作でさらに特徴的なのは、はっきりと「死の香り」も漂わせる物語にもなっていること。事実として、賢治の生前唯一の詩集『春と修羅』は、妹であるトシの晩年から死後にかけての時期に執筆されており、その中でも「消える妹の命」をつづった詩『永訣の朝』は有名です。もちろん、そのトシの死も映画でははっきりと描かれています。さらに、宮沢賢治は無名の作家のまま、37歳という若さで亡くなりました。しかし、賢治の死後も彼の才能を信じ続けた家族が、諦めずに作品を世に送り続けたため、高い評価を得るようになったというのも事実です。
この映画では「死という逃れられない悲劇」を描きつつも、それに相対する賢治の作品の素晴らしさを信じ続けた家族の愛情を示すことで、「たとえ死んでもなくならないもの=賢治の遺した作品」の尊さを示すという構造があります。
「死の香り」を漂わせる構造のため、人によってはウエットで暗い印象を覚える人もいるかもしれませんが、前述したようなクスクス笑えるシーンでバランスも取っています。何より、感動的なクライマックスおよびラストで、なぜこの映画が死を描いていたのかの理由がはっきり分かるはず。
本作は宮沢賢治の作品を読んだことがなくても楽しめますが、その作品群や来歴を知っていると、さらに感慨深いものがあるかもしれません。
「あの時代」にタイムスリップしたような感覚になれる美術
最後に、美術の素晴らしさについても触れておきましょう。何しろ、宮沢家の家具や、賢治の愛用品から著作まで忠実に再現することにこだわっており、まるで「あの時代」にタイムスリップしたような感覚になれるのですから。美術・装飾・衣装のスタッフは、時代考証とリサーチを重ね、賢治の生家や執筆と畑仕事に励んだ桜の家をよみがえらせたり、『春と修羅』『注文の多い料理店』の初版本も忠実に再現。さらには明治から大正、昭和へと時代が移行していく中で、「灯り」がろうそくからランプ、ランプから電灯へと変化していく様にもこだわったのだとか。
灯りは時代の移り変わりだけでなく、「画作り」にも見事に生かされています。明治・大正期の場面ではかなりの数のランプが使用されており、美術の西村貴志氏が「ランプの炎の揺らぎと室内に差し込む青い月光が幻想的な空間を作り、賢治の描く物語の世界を思い出せました」と語った通り、スクリーン映えする美しい光景を観ることができるのです。
ぜひ、「親バカVSダメ息子」の対決の行く末、宮沢賢治の遺した作品の素晴らしさ、それを支えた家族の愛情など、多層的な魅力を持つ『銀河鉄道の父』を劇場で観ていただきたいと思います。まさに「あの時代に行ってみる」感覚を、堪能してほしいのです。
『銀河鉄道の父』
2023年5月5日(金・祝)より全国公開
出演:役所広司/菅田将暉/森七菜/豊田裕大/坂井真紀/田中泯
監督:成島出
原作:門井慶喜「銀河鉄道の父」(講談社文庫)
脚本:坂口理子
音楽:海田庄吾
製作:木下グループ
制作プロダクション:キノフィルムズ/ツインズジャパン 配給:キノフィルムズ
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(映画創造活動支援事業)独立行政法人日本芸術文化振興会
Twitter:@Ginga_Movie2023 公式サイト:ginga-movie.com
(c) 2022「銀河鉄道の父」製作委員会
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